スリリングな書「音楽のアマチュア」

 四方田犬彦「音楽のアマチュア」(朝日新聞出版)を読んだ。著者は映画に関するプロだ。映画はほとんど試写会で見ている。それも時にはたった一人、四方田のためだけの試写会で見ることもある。若い頃は年間400本の映画を見た。最近は200本だ。大学で映画を教えている。対して、友人の音楽評論家はコンサートを招待券で聴きに行き、CDは無料で送られてくる。四方田はお金を払って音楽会に行き、CDを買う。だから「音楽のアマチュア」だと言う。読み始めて驚いた。プロではないかも知れないが、決してアマチュアではない。正確に表記するなら「音楽のノンプロ」だろう。
 久しぶりにスリリングな読書を味わった。朝日新聞出版のPR誌「一冊の本」に連載したものをまとめた本書には、39項目の作曲家、演奏家、歌手、音楽ジャンルがABC順に並んでいる。それは、アリ・アクバル・ハーンから始まって、「アリラン」、アルバート・アイラーヨハン・セバスティアン・バッハビートルズジェフ・ベックバルトーク・ベラ、ジョルジ・ベンルチアーノ・ベリオジョン・ケージ、ジョン・コルトレン、キューバと続く。モートン・フェルドマンを語り、ガムランについて詳述し、河内音頭からオリヴィエ・メシアンに飛ぶ。ザ・ピーナツを論じ、高橋悠治からヴェルディワーグナークセナキスまで進んで、フランク・ザッパで終わる。
 クラシック、歌謡曲、ジャズ、ロック、現代音楽、民謡、と全ジャンルにわたっているのに、その全てにほとんど異常ともいえるくらい詳しいのだ。ただただ呆れてしまう。
 本書を手許に置きながら、紹介されている音楽を片っ端から聴き直してみたいという不可能な夢を持ってしまう。四方田犬彦音楽学者にならなくてどうして映画学者になったんだろう。
 しかし2年前に発行されたこの魅力的な書が、なぜ評判にならなかったのだろう。当時、少なくとも本書が朝日、読売、毎日の書評欄に紹介された記憶はない。ともあれ四方田犬彦の「ゴダールと女たち」に続いて、これまた幸福なな読書だった。


「ゴダールと女たち」を読む(2011年8月22日)
四方田犬彦「『七人の侍』と現代」はお勧め(2010年7月9日)

音楽のアマチュア

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