辛永清「安閑園の食卓」(集英社文庫)を読む。著者は台湾出身の料理研究家。NHKの「きょうの料理」の講師も務めたという。12編のエッセイとそこに取り上げた料理のレシピが1つずつ紹介されている。
エッセイは台湾で育った彼女の家庭での思い出を料理にからめて語っている。それがとてもいい。彼女は1933年台南市に生まれている。お父さんが戦時中は台湾総督府の要職にあり、戦後は実業界で成功していたので、使用人を大勢抱える大邸宅だった。彼女は家庭でのみ料理を学んだが、中国のお金持ちの家庭料理は半端なものではない。豚の脳みその料理や、子豚の丸焼きのレシピまで付いている。
料理を語りながら、使用人のこと、伝統行事の思い出、失恋や父親の突然の他界など、情感豊かに語られる。優れたエッセイだ。
他の人に話しても信じてもらえるかどうかわからないことだが、私になにかたった一つ、人と違う能力があるとすれば、こと料理に関する限り、一度でも見たことがあるとか食べた、聞いたという経験があれば、十中八、九、まずまちがいなくその通りに再現できるということだろうか。
初めて豚1頭をまるまる料理した経験は、著者が20代のときに九州の養豚協会に呼ばれて内臓料理の指導に行ったときだった。
脳みそ、心臓は大丈夫、胃袋も腎臓も何度も料理したことがあるし、もちろん大腸、小腸はしょっちゅう扱っている。子宮、足、頭、全部できる、が……問題は肺だった。これだけは今まで一度も経験したことがない。
それでもごく小さい子どもだった頃、コックがたった一度作ったのを見たのか、話を聞いたのだったか、そのことを思い出しながら、見事な肺の料理を作ってしまったのだ。
ちょっと古いが、料理に関する名エッセイとして私は3つの作品を知っている。邱永漢の「食は広州にあり」、檀一雄の「檀流クッキング」、荻昌弘の「男のだいどこ」だが、この「安閑園の食卓」もそのリストに加えよう。
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