東京国立近代美術館で工藤哲巳回顧展「あなたの肖像」を見る


 東京竹橋の東京国立近代美術館工藤哲巳回顧展「あなたの肖像」が開かれている(3月30日まで)。工藤哲巳は1935年大阪生まれ、1987年に母校の東京芸術大学の教授に就任したが、3年後の1990年に55歳で亡くなっている。前衛美術の世界では非常に重要な作家だ。
 展覧会のちらしから、

工藤哲巳(1935-1990)は、大阪生まれ。少年期を父の出身地青森で暮らし、1945年に父が早世したした後、母の郷里岡山で高校まで過ごしました。東京芸術大学在学中から、読売アンデパンダン展などに出品。篠原有司男や荒川修作らとともに「反芸術」世代の代表格に名を連ねました。
1962年に渡仏。その後、約20年、パリを本拠にヨーロッパを活動の場として、文明批評的な視点と科学的な思考とを結びつけた独自の世界を展開し、欧州の人々を挑発するような作品を作り続けました。(後略)

 工藤が初期からこだわったものにペニスがある。1961年の個展で発表した大きな立体作品は「「インポ哲学」と題されており、大きなペニス様の立体が4本立てられている。その後もペニスは工藤の作品に頻出する。1961-62年に発表したミネアポリスでの個展では、天井から壁から何本ものペニス様の物体が吊り下げられており、「インポ哲学−インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生」と名づけられている。
 作品へのペニスの引用というと、同じ頃の草間彌生の作品を思い出す。ペニス様の黒い立体が林立するレリーフ状の作品や、同じく銀色のペニス様の立体で覆われた小舟があった。ペニスが家具を覆っている作品もあった。
 工藤と草間の違いは、草間の作るペニスがまるで包茎のペニスが大きくなったような昆虫の幼虫のような形なのに対して、工藤のそれは勃起した形のペニスであることだ。おそらく草間にとって、ペニスは少女期のトラウマのようなものの反映で、強迫観念的にしつこく取り憑いて離れないおぞましいものなのだろう。それに対して、工藤にあってはペニスの射精に到ることのないような状態を表しているようだ。作品のペニスが勃起していて、しかも「インポ」と題されていることから、やはり挫折がテーマとなっているのだろう。
 さらに工藤の表現は、九州派の菊畑茂久馬の「奴隷系図」にも通じる円柱を色とりどりの紐で巻いた作品のように、土俗的なものへの偏愛がある。樹脂で覆った鳥籠や型どりされた仮面など。
 また初期からのテーマに放射能へのこだわりが色濃くあるのも特徴だ。「X型基本体に於ける増殖性連鎖反応」「放射能による養殖」「電子回路の中における放射能による養殖」などと題された作品がある。
 1969年にはフランスから一時帰国し、千葉県の鋸山の高さ25mの岸壁に「脱皮の記念碑」と題した巨大なレリーフを作っている。それはペニスの亀頭を持ち、胴の部分はサナギのような皺のある形だ。ペニスだとしたら勃起不全、つまりインポテンツに見えるだろう。
 ペニス=インポテンツ、放射能、土俗というのが、工藤を理解するためのキーワードだろうか。東京都現代美術館の常設などで1点、2点と見てきた工藤哲巳がここにまとめて展示されている。工藤の作品は現代美術の主流では決してないけれど、きわめて重要な傍流という位置を占めている。「反芸術」の豊かさを見ることができる。これは久し振りに贅沢な優れた個展だと思う。
 美術館で作成されたカタログが分厚く充実している。650ページ近く、厚さ6.5cmもある。重さも2.5kgだ。2,400円もしたけれど。その冒頭の「あいさつ」から、

「あなたの肖像」は、工藤哲巳が最も好んで使用した題名のひとつです。「あなた」とは、作品をご覧になるあなたのことであり、既成の価値観や約束事に縛られた私たちのことです。と同時に、自作の最初の観客である工藤自身をも指します。それはまた、放射能による環境汚染から逃れられない人類の肖像でもあるのです。
 眼球や鼻がトランジスタとともに養殖され、肥大化した大脳が乳母車に乗せられ、男性器が小魚と一緒に水槽内を泳ぎ、遺伝染色体による綾取りをする人物が鳥籠の中で瞑想するなど、工藤の作品はおぞましく不気味に見えるかもしれません。それは、悲惨な未来の地獄郷でしょうか。いやそうではなく、そのようにしか生き残れない人間と自然とテクノロジーとが渾然一体となった、逆説的なパラダイスにほかなりません。(後略)

 この「あいさつ」が展覧会の中味を適切に要約している。現代美術に興味がある人には必見の展覧会だろう。
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工藤哲巳回顧展「あなたの肖像」
2014年2月4日(火)−3月30日(日)
10:00−17:00(金曜日は20:00まで)月曜日休館
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東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3-1
ハローダイヤル03-5777-8600
http://www.momat.go.jp
展覧会特設サイト http://www.tetsumi-kudo-ex.com
東京メトロ東西線竹橋駅」1b出口より徒歩3分
この後、青森県立美術館へ巡回予定