野見山暁治『やっぱりアトリエ日記』(生活の友社)を読む。月刊誌『美術の窓』に連載したもので、2011年4月から2013年10月までの日録が収録されている。「アトリエ日記」は2003年9月22日から書き始められ、今回でちょうど10年になったという。既刊の3冊『アトリエ日記』『続アトリエ日記』『続々アトリエ日記』は清流出版から発行されていたが、今回は生活の友社に変わった。
野見山暁治の日常を細かく綴っている。事件はあまり起こらない。野見山ファンでなければ興味を持たないかもしれないけれど、ファンにとってはたまならい面白さだ。私はここ10年間の野見山さんの日常の概略をおおむね知っている(ような気になる)。
(2012年)5月4日
千里(秘書)に誘われて、六本木の新美術館に国展を見に行く。団体展というのは、どんな意義があるのだろう。会場で出会う面々、かなり気分的に盛り上がっているが。
竹橋の近代美術館に回って、ジャクソン・ポロック展。人間の知恵の行きづまりか、突破口をと焦ったあの時代、ぼくがパリに行った頃だ。懐かしい。新しい表現に向かっての緊張感。しかし、この仕事もその役目は終わっている。
ポロックの仕事を「その役目は終わっている」と書いている。私もその見方に賛成する。同じ展覧会を見たが、高い評価をすることができなかった。
・東京国立近代美術館のジャクソン・ポロック展(2012年2月27日)
8月12日
(……)夜、テレビを点けたら、マラソンの中継。そうか、今日でオリンピックは終わりなのか。ほとんど見る暇がなかった。いや、見る気にならなかった。自分の国を応援するなんて、よろしくない。ぼくはスポーツ離れをしたのかな。
さすが野見山さん! 「自分の国を応援するなんて、よろしくない」。
(2013年)3月7日
世の中には奇妙な人間がいるものだ。近代美術館で見てきた。フランシス・ベーコン。この男が創り出した人間の顔、体、居場所。
居場所という言い方はおかしいが、ただ空間というにしては、人間の居る場所が具体性を持ちながら宇宙空間だ。グロテスクな顔、体。しかし美しい画面。だけどこの画家には会いたくない。恐ろしい。
帰途、地下鉄のホームを上ってきたところで誰かの靴跡が糞にまみれている。これもベーコンじゃないか。
5月25日
いま一度、ベーコンを見よう。妙に気になる。おかしな絵だ。人間がただ生きものとして転がっているようだし、逃れられない業の仕置きにかけられてもいるみたいだ。
私も同じ展覧会を2回見ている。だが、結局高い評価は与えられなかった。
・フランシス・ベーコン展を見て(2013年5月18日)
3月16日
久しぶりに出かけた上野の東京都美術館、グレコ展。
こんなにも憧れた画家はいない。(中略)(結婚したばかりの妻の陽子が質屋に着物を持っていったり、極度に生活を切りつめてグレコの高い画集を買ってきてくれた)。明けても暮れても、ぼくは夢中だった。
各壁面、ぎっしりと並んだグレコから離れ、暮れかかった桜並木の下を歩いて駅に向かう。いくらか白く開いた花が夕闇の中に浮き出ている。年を取ったのか、あれだけのグレコの作品に接しながら、ぼくに、かつての感激は戻ってこない。
私も同じ展覧会を見た。当時ブログに紹介する言葉が浮かんでこなかった。初めて見るグレコ展は決して悪くはなかったのに。
3月22日
田中幸人さんが館長をやっている時は、よく訪ねた埼玉県立近代美術館。久し振りだ。ポール・デルヴォー展。
街の中、駅の構内、裸の、お目々ぱっちりの可愛い子ちゃん。むっちりと白い肌、股間の翳り。こんな通俗な女たちばかりの絵にどうして引かれるのか。
真空の箱の中の閉ざされた小さな自然。ありふれた出来事が、おそろしく秘密めく。
私も同じ展覧会を見た。若い頃夢中になったデルヴォーになぜか醒めた目でしか見られない自分がいた。
4月28日
池袋の芸術劇場で催されている〈心のアート〉展。脳に障害があるとか、心が病んでいるとか、社会から閉鎖された人たちの絵画展。
会場での座談会に顔を出す。以前にもこの会に出席したことがある。いわゆるアウトサイダーと呼ばれている一群。ぼくら絵描きは、習い覚えた絵画に縛られているが、この人たちはその制約がない、無垢な絵を描く。というより、自分だけの世界を紙面に構築する。
私も同じ展覧会を見た。私はOさんから案内状をもらったのだが、野見山さんも同じOさんからの要請で出席されたのだろう。Oさんは野見山さんとは杏美画廊繋がり、私とは山本弘繋がりだ。同時に二人とも野見山ファンだ。
5月17日
日比谷で歯医者に行って、銀座に出て、牛島憲之展。見るたびに、いい絵描きだと思う。湿気を帯びた日本の風土。
最後に、「野見山暁治先生への105の質問」というのがある。
12 好きな歌手は?
ジャック・ブレル(シャンソン歌手)。
87 尊敬する人は?
直接会った人では椎名其二というずいぶん年をとった青年です。
椎名其二については野見山暁治『四百字のデッサン』(河出文庫)で知った。きわめて魅力的なすばらしい人だ。
・椎名其二(2006年10月1日)
歌手のブレルは私もファンだ。これは野見山さんの影響ではなく、娘の母親から教わった。あんたは私の趣味をみんな盗ってしまうと批判された。そういえばブレルも芝居好きになったのも、クラシック音楽好きもみな彼女の影響だ。
以前、画廊で名前を書くときは青いインクを詰めたモンブランを使っていた。この万年筆に青いインクというのは野見山さんの真似だった。いまは持病の局所ジストニアのために万年筆が使えなくなっているが。
・手は期待する(2007年1月10日)
当時モンブランの万年筆にパーカーのパーフェクトブルーのインクを入れて使っていた。
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