『吉行淳之介全集』(新潮社)の第11巻は「全恐怖対談」と題されていて、恐怖対談シリーズ4篇が収録されている。その内の「恐・恐・恐怖対談」に森繁久彌との対談が収録されている。その森繁が語る中国の纏足女性との結婚式の話が驚きだった。
戦前の中国には4人か5人の民族資本家がいて、数人で中国全体の経済を牛耳っていた。その大財閥のひとつと日本の八幡製鉄が手を結ぶことになり、日本から派遣されて行った責任者の男に相手の大親分が嫁さんをやろうと言う。嫁さんは日本にいると言うと、日本にいてもここにはおらんじゃないか、何人ほしい? と聞く。それじゃあお言葉に甘えて1人いただきます。すると、わしの嫁さんをやると言う。それじゃあ申し訳ない。いや、それはまだ手がついてないから新品同様だ。なんと、嫁さんを67人とか68人とか持っている。
森繁久彌 67番目か8番目で手の廻りかねるのがいたんでしょうね。ま、ご厚意だから有難く頂戴することにした。幼児のころから筋の良いのを買ってきて、学問をやらせ芸事を教えて育てるわけですから、これが顔形といい、肌といい、起居振舞といい、誠に優雅で、美しい。それでお手がついていないというのを貰うということになった。
結婚式が豪華で3日3晩続く。乳母が2人もついていて、花嫁の手も握れない。
森繁 (……)いよいよお床入りということになった。彼は長いこと独りで大冶(鉄山)にいるもんだから、或る程度ムラムラするような状態だったんでしょうね。いきなり行こうとすると「なにをなさるか、あなた、御存知ないのか」と花嫁が言う。「いや、わしはなんにも知らん」と言うと、「それは困ったことだ、わたしは恥ずかしくてそんなことあなたにお教えできないけれど……実は、わたしの纏足を解いてもらうことから始まるんです」と言う。
吉行淳之介 儀式のようなものがあるんですね。
森繁 ちっちゃな足だし、薄気味悪いんだけれど、時々乳母に教えてもらったりしながら、とにかく纏足を解き始めた。非常に薄い羽二重の包帯で巻いてあるんです。ところがこれが、解けども解けども巻いてあるというんですね。包帯がパッと切れて、解き終わったかと思うとまたその下に巻いてある。また解くとまだその下にある。
吉行 そのうちなにもなくなっちゃうんじゃないか(笑)。
森繁 これには閉口したらしい。どんどん解いていくと、そのうち女がヒーヒーハアハア言い出すんですよ、恥ずかしくて。
吉行 恥ずかしくて?
森繁 つまり、あそこを見られるより恥ずかしい。
吉行 ああ、なるほど。
森繁 すごく興奮するんです。解いている間にもう何度もオルガスムスに達してしまう。そのうち、やおら足が出て来て……蝋みたいな足なんですね。透き通るような、綺麗なものだそうです。とうとう足を見られてしまって、むこうはハアッハアってのたうちまわっている。こっちはピンピンしているんだけれど、どうすることもできない。そこへ乳母が近寄って来て、次は舐めなさい、と言うんですね。だいたい足ってものは臭いものですよ。ところがその足はお香の匂いがしてた。香を薫きこめて包帯巻いていたらしい。
吉行 ぼくはそこを怖れていました、お話しを聞きながら。
森繁 といっても長い間巻きっぱなしですからね、やっぱり酸っぱいような変な臭いがする。それを舐めろと言うんです。臭いのを舐めるのがいいんだという説もありますが……。とにかく死ぬ思いで、垢みたいなもので見分けがつきにくくなっているのを、このへんが親指だろうというあたりから、舐め始める。1本、1本。それが終らないと次の段階へ進めない。もう破れかぶれで、途中で休憩して酒を飲んだりしながら、舐めていく。
吉行 チーズをつまみに飲むようなものですね(笑)。
森繁 それだけでもう、2時間ぐらいかかるんですって。で、ふっと見たらもう1本、足がある。
吉行 (笑)。
森繁 おれはいったいどうなるのか。
吉行 もう1本あるわけですねえ。
森繁 その1本もやっと片付ける。そうすると、女のほうももうくたびれ果てちゃうんですね。きょうはここまでだ、寝よう、と言う(笑)。こっちももう寝かしてもらいたい。
それで翌日の本番の時は、牛の一突きじゃないけれど、一瞬でおしまいになっちゃった、という話をしてくれた人がいるんですがね。
吉行 1人だけにしておいてよかったですね。3人も頂戴してしまっていたら、足がまだ……。
前から森繁は絶対にやらしい男だとにらんでいた。人相には外れがないと思う。そ、そ、そういうお前は?

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