吉行淳之介・開高健『対談 美酒について』を読む

 吉行淳之介開高健『対談 美酒について』(新潮文庫)を読む。とても評判の良い対談なので期待して読んだが、意外とそんなでもなかった。開高が先輩吉行に対して肩ひじ張っている感があって、そのせいじゃないだろうか。

 

 「銀流し」という言葉も「テンプラ」も私は知らなかった。

吉行  この“銀流し”というのは普通の当たり前の解釈はなんだっけ。

開高  偽物、ガセ。

吉行  銅の上に銀をメッキして……。

開高  続に言うガセですよ。

吉行  テンプラだね。

開高  そうです。そのテンプラについて、この間面白いことを聞いた。アラスカへ行って、もう開けても暮れても10日間河下りしてね、要するにサケ、マスを釣って、垢まみれになって、蚊にくわれるだけの生活やってたんです。そのときにでた話なんですが、大学生の卒論をアメリカでは俗にどう呼んでいるかと聞いたの。そうしたら一言で答えたな、「ニッケル」と言うんだって。キラキラ光っているけども、所詮は安物という。ちょっと銀流しにも通じますね。

 うまいこと言うと思って、人民の英知を感じましたね。仏文科大学生の書くマルセル・プルースト論なんてね。私だって昔はそんなもの書きましたが、誰でも必ずこのニッケルの段階は通過すると思うんですよ。でもニッケルとは、うまいことを言うね。

吉行  それ、いろんなところでいけるね。

開高  そう、いまのマスコミ、芸能、文化、みなそうや、キラキラ光っているようだが安物。

吉行  これはいこう、はやらせよう。

  

 さて、開高はホワイトスピリッツの時代が来たという。

開高  いわゆる先進国と開発途上国というのがありますが、酒は文明の進行に合わせて、どんどんドライ、シンプル、そして洗練される――リファインド、そしてディープ、こういう味に変わりつつある。きわめてよくできたウォッカ、きわめてよくできたホワイトラム、こういう透明な蒸留酒になりつつある。この議論をちょっとしませんか。

吉行  やりましょう。

 

  先進国がくたびれてきた。1日中ガラスと鋼鉄のオフィスの中で働いているとホッとしたくなる。そこでバーへ行く。けれど、重いこってりとした華やかなきらびやかな酒は飲みたくない。

 

開高  ヨーロッパ文化でこれを見ていきますと、リキュールの時代があるんですね。ブドウ酒のなかにいろいろな草根木皮を混ぜて、香りとコクをつけてこってりさせて、リキュールというものを作る。(中略)

開高  (……)そんな悠長なリキュールがありました。次にブドウ酒を蒸留して貯えて寝かせてブレンドしたコニャックの時代がある。これも華やかな酒。それから次にウイスキーの時代がきて、カクテルの時代がきて、第2次世界大戦が終わってから、われわれに近い世代となって、焼酎類(ホワイトスピリッツ)の上品なやつが圧倒的にもて出すんですね。(中略)

開高  (……)そのホワイトスピリッツにもいろいろありまして、たとえばウォッカというのがあります。(中略)

 このウォッカテキーラ、ホワイトラムというのが、第2次世界大戦後、先進国でほんとうにえらい酒になっちゃった。

 

  巻末に「銘酒豆事典」という付録がある。アブサンから始まってワインまで、本書に言及された酒が62項目、35ページにわたって解説されている。そこから、いくつか、

 

グラッパ(Grappa)

イタリアの粕取りブランデー。すなわちフランスのマールと同じ。一般的にはあまり熟成されていないので荒い風味で焼酎(乙類)に似るが、それなりのファンを持っている。

 だいぶ昔になるが、このグラッパは池袋の東武デパート本店で量り売りしていた。

 

■ソーテルヌ(Sauternes)

フランス・ボルドー地方にある甘口白ワインの産地名。1855年のパリ博覧会の際にメドック同様、シャトーの格付けが行なわれ、中でも有名なシャトー・ディケムの名は世界に鳴り響いている。シャトー・ディケムのような高価なワインは貴腐ぶどうを原料にしてつくられる。貴腐ぶどうが熟成しはじめたとき、果皮にボトリチス・シネレアという特殊なカビが付いてろう質を溶かし、水分の蒸発を促進する結果、ぶどうの糖度が極度に上昇したもので、このぶどうからつくられる華やかな香りの甘美なワインはドイツワインのトロッケン・ベーレンアウスレーゼとともに甘口ワインの王様として珍重される。日本では、サントリー山梨のワイナリーで1975年に初めて貴腐ワインがつくられた。

  このボトリチス・シネレアとは灰色かび病菌のことで、多湿な日本ではありふれた病原菌だ。ぶどうにもしばしば大発生する。ただ日本では生食用のぶどうに発生すると市場価値がなくなるので徹底的に殺菌消毒を欠かさない。

 もう40年以上前だったか、マンズワインが国産の貴腐ワインとして売り出したものが輸入品だったことが分かって、大きな問題になったことがあった。マンズワイン貴腐ワイン甘くておいしかったけど。