吉行淳之介『特別恐怖対談』を読む

 吉行淳之介『特別恐怖対談』(新潮文庫)を読む。12年間にわたって『小説新潮』誌上で行われた40回の「恐怖対談」シリーズの最終巻。面白かったエピソードをいくつか抜き書きする。

 

 40回の対談で初めてという女性の瀬戸内寂聴との対談は「女の髪の毛について篇」。

吉行(淳之介)  ……男の性欲っていうのは、すうっと抜けて行って痛痒を感じない。性欲の話に決めちゃいけないけれど(笑)。女性の場合はそこがふっ切れないらしいね。すうっと抜けて、ああなくなって行くなあというような気楽なものではないみたいですね。

瀬戸内(寂聴)  そうみたいですよ。うちによく身上相談の手紙が来るんですけれど、それを見ますと、いま57、8とか62、3の人の悩みって凄いですよ。だから、これから大変ですね。ますますみんな若くなりますし。

 

瀬戸内  ええ。まず髪の毛が多いっていうことは、絶対色情が強いでしょう。密生した人は強くなかったですか。吉行さんの経験では。

吉行  みんな密生していたような気がする(笑)。

瀬戸内  じゃあそういう人ばっかり選ぶんだ(笑)。

  

瀬戸内  私はとても好きな地獄絵があるの。

吉行  ……。

瀬戸内  大きな樹があって、上に綺麗なお姫様がいて、男はお姫様に惹かれて下から登って行くのね。そしたら木の葉が全部剣になって下に向いて、男はズタズタになるの。それでも登って行くわけ。やっと捕まえたと思ったら、お姫様はさっと下へ落ちてしまう。男が降り始めると、今度は剣は全部上を向くのね。ズタズタになってやっと下まで降りて来たらお姫様はまた上に行ってしまう。その地獄が私は好きなの。いいでしょ、これ。

 

  害虫駆除剤のひとつに、性フェロモン剤がある。蛾の仲間でメスが成熟すると性フェロモンを分泌する種類がある。オスはその匂いを頼りにメスを探し当て交尾をする。その習性を利用して、メスの出す性フェロモンを化学的に合成し、その性フェロモン剤を害虫が集まりやすい畑へ設置する。するとオスは合成された性フェロモン剤に撹乱されて、近くにメスがいると思い込み、必死に狂ったように探し回る。しかしついに本物のメスにたどり着けなくて、交尾が行われないで死んでしまう。結果、産卵に至らないので害虫の被害が防げるという駆除法だ。

 瀬戸内の紹介する地獄絵と少し似ているのではないか。

 村松友視との対談「貧乏性について篇」。連れ込み旅館の話から赤線地帯での経験。

 

吉行  ……ぼくの場合は、赤線地帯で或る期間勉強したから急ぐ癖がついているのね。1時間というのは60分じゃなくて45分、馴染みになって50分まで許される。ショートタイムは30分だけれど、実は靴下を脱いでから履くまで20分でカタをつけないと怒られた。滝田ゆうにその話をしたら、なぜ靴下を脱ぐって言われたけれど(笑)。

村松(友視)  念の為にうかがうと、なぜなんです。

吉行  靴下履いてるとどうも感じが出なくてね。それと、やっぱり自分を見る眼というものがあるから、なにも靴下だけ履いてヤルこともないだろうっていう……。

村松  腕時計ははずすんですか。

吉行  腕時計は時間を調べるために必要なんだ(笑)。

 

 他に、星新一黒鉄ヒロシ吉村昭山下洋輔和田誠沢木耕太郎結城昌治遠藤周作と対談している。

 雑誌の編集者である横山正治によると、速記録を「整理し、3分の1から4分の1の分量に縮め、吉行さんのチェックを受けてゲラにする。ゲストにゲラを見ていただき、最後に和田誠さんのイラストレーションが出来あがって、「恐怖対談」1回分は完成である」という。