辻井喬『叙情と闘争』を読んで

 辻井喬『叙情と闘争』(中公文庫)を読む。副題が「辻井喬堤清二回顧録」という。セゾングループ元代表堤清二は詩と小説を書いているが、その時のペンネームを辻井喬としている。父親が堤康次郎で異母弟が西武鉄道の会長堤義明だ。辻井喬堤清二西武デパートの経営に携わり、小さなデパートを一時は売上げ日本一にまで発展させ、渋谷をはじめ各地への進出、スーパー西友の展開、ファミリーマートの成功、無印良品等を作り上げる。さらに美術館の設立や演劇、現代音楽の支援など、文化的な行動は目を見張るものがあった。
 本書を読めば政界への働きかけ、ソ連との文化交流等々、行動範囲も並の広さではない。優れた経営者にして文化人だった。
 しかしバブル崩壊とともに、グループ企業だった西洋環境開発の膨大な負債が元で、セゾングループも崩壊することになる。メイン銀行の頭取が、堤清二が個人資産を100億円提出すれば西友は救うと言ったのに、その頭取が替わると次の頭取はそれは聞いていないとうそぶき、西友も失ってしまう。
 巣鴨の東京拘置所を小菅に移転し、跡地をサンシャインシティに建て替えることについても、堤清二が骨を折っている。移転が決定したあと、児玉誉士夫から電話をもらう。その用件は、巣鴨拘置所が取り壊される前に、一度供養に行きたいということだった。児玉は大きな花束と太い線香の束を持ってきて、東条英樹の入っていた建物へ花束を置き、線香に火を付けて長い時間掌を合わせていた。
 ところどころ、当時の気持ちを表す辻井喬の詩を何行か挿入している。わずか数行を読んだだけで早急な結論を出すのはフェアではないが、優れた詩作品とは思えなかった。
 さて、中央公論社という一流出版社が、本書で大きな校正ミスをしている。247ページ、

この企画は銀座にセゾン劇場が出来て実現するのだが、そんな背景もあって僕は安部公房の「友達」がルノー・バロー劇団によってパリで公演された時、仕事にかこつけて見に行った。

 この「ルノー・バロー劇団」というのは「ルイ・バロー劇団」の誤りだ。単行本も中央公論社だったが、最初は読売新聞に連載されたものだという。原稿の「イ」の字を縦書きで「ノー」と読み間違えたのだろう。フランスだからルノーというのはそれっぽいし。
 全体に読みやすかった。ただ、新聞連載という性格のためか、がっちりした構成とは言いかねる。また堤清二という人がきわめて誠実な人であることがよく分かった。何かと正反対のダイエー中内功を描いた佐野眞一『カリスマ』と読み比べればおもしろいだろう。


叙情と闘争 - 辻井喬+堤清二回顧録 (中公文庫)

叙情と闘争 - 辻井喬+堤清二回顧録 (中公文庫)