早野透『田中角栄』を読む

 早野透田中角栄』(中公新書)を読む。新書とはいえ、厚さ400ページを超え、物理的にも内容からも力作だ。早野は朝日新聞の政治部記者だったが、田中角栄に接してその魅力に触れ、志願して田中の選挙区である新潟支局に転勤する。田中の後援団体越山会を取材し、外部秘の会員名簿までもらって会員たちを取材する。田中の後援者たちについて深く知りたくて。
 出版された当時、毎日新聞に「喬」という名前で書評が載った(2012年11月18日)。

 田中角栄元首相の政治家人生を縦糸に、戦後政治の流れを語る名著だ。毀誉褒貶が相半ばする田中政治を、忠実かつ客観的に描き切っている。「番記者」でしか聞けなかった秘話も、ふんだんに盛り込まれている。

 読売新聞には上野誠が書評を書いた(2013年1月20日)。

 本書にちりばめられている角栄語録は、まさしくこの著者にしか語らなかったであろうとおもえる一言で、匂いまで伝わってくる生の言葉だ。第一、越山会の名簿をもらって、名簿をもとに新潟の各地を取材することなど、角栄の懐に入らなければできない仕事だったろう。懐に入れば入るほど、政治家のもっている大きな人間的魅力に魅了されるはずだ。
 しかし、著者は、ものすごい吸引力に抗って、角栄を描こうとする。取材するうちに明らかになる巨悪、一方でその人間的魅力に溺れそうになる著者自身が、本書には描かれているのである。

 田中角栄を中心に戦後日本の政治、とくに自民党政治が語られている。知らないことが多かったのできわめて面白かった。自民党の政治家の個々の個性とか主張も解き明かしてくれていて、そのことも勉強になった。角栄金権政治といわれるものに対しても、無条件に批判するのではなく、少しだけだが理解できるような気さえした。ロッキード事件で田中は表舞台から完全に失脚するが、それでも闇将軍として政界の裏で実権を握っていた。あの事件は反米に傾きがちな角栄を嫌ったアメリカの陰謀だったのだろう。
 早野は、佐高信との対談『丸山眞男田中角栄』(集英社新書)で、安倍晋三岸信介に対して、角栄を高く評価していたが、そのこともよく納得できた。本書の角栄時代の自民党の派閥を簡単にスケッチした文章もおもしろかった。

 自民党の派閥はそれぞれ特徴がある。福田派は「思想右翼」、大平派は「エリート保守」、三木派は「リベラル」、中曽根派は「出世互助会」だとすれば、田中派は地を這う「土蜘蛛族」みたいなものだなあというのがわたしの観察だった。そもそも、「まつろわぬ妖怪」のたぐいなのに、なまじ民主主義になって政権を取ろうとするから金権の汚辱に塗れた。

 つぎに、立花隆田中角栄研究』よりも角栄が深くダメージを受けたという児玉隆也の『淋しき越山会の女王』を読んでみよう。


田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)