S. レムの影響

 ビルの窓ぎわで作業をしている時、窓の外を何か大きなものが動いているのに気付いた、その大きな機械はゆっくりと下へ移動していった。無人で動いている窓掃除の機械だった。だが、それは映画『未知との遭遇』を思い出させた。巨大な宇宙船が地球にやってきて大きな船体をゆっくりと着陸させていく、その動きを。
 同時に思い出した。『未知との遭遇』に影響を与えたのはスタニスワフ・レムSF小説に違いないことを。『宇宙飛行士ピルクス物語』(ハヤカワ文庫)下巻に「ピルクスの話」という短篇がある。ピルクスが宇宙飛行している時に巨大な謎の宇宙船に遭遇する話だ。そのこと以外にとりたてて大きな事件はない。しかし、その宇宙船はとてつもなく巨大なのだ!

 距離が22キロまで接近したところで、あきらかに相手の船が(ピルクスの乗る)〈夜の真珠〉号を追い越しはじめた。あとは間隔が拡がっていくのはわかっていた。(中略)
 それは宇宙船ではなく、空飛ぶ残骸だった。なんのスクラップか得体が知れなかったが。20キロ離れたところにいるそいつの大きさは、わたしの掌よりずっとでかかった。みごとに均整がとれた紡錘が円盤に、いや輪(リング)に変わっていたのだ!
 もちろん、あなたは、それが異星の宇宙船だということに、とっくに気づいているんではないかと思う。そう、なにしろ長さが10マイル(=16km)もある船だから……そういうのは簡単だ。だがはたして異星の船なんてだれが信じてくれるだろう。(中略)
 (ピルクスは照明弾を発射する)わたしは照明弾が燃え尽きようとするいまはのきわに、あの巨船の表面を見た。つまりそれはなめらかではなく、まるで月の地表のようにでこぼこで、光は、丘やクレーター状のくぼみでむらになって拡がっていたのだ。あの船はきっと、すでに何百万年ものあいだ飛びつづけ、黒ずみ命を失って塵雲のなかに入りこみ、何世紀もたってからそれを抜け出したのだ。そのあいだに何万回となく塵のような隕石がぶつかり、船体をかじられ、真空の腐蝕に食われてしまったのだ。どうしてそう断言できるのか説明できないが、あの船には生き物がまったく乗っておらず、数百万年前にそれに大惨事が起こり、おそらく今は、あれを送り出した文明もすでに存在していないことを知っていた。(中略)
 それでいっさいのことが終わった。(中略)われわれのところへ宇宙から客がやってきたーーそれは、数百万年、いや数億年に一度あるかないかの訪問だった。だというのに、技師とやつの義弟のせいと、わたしが不注意だったために、あの船はわれわれの鼻先で姿を消してしまい、果てしない宇宙空間で幽霊のように溶けてしまったのだ。

 スタニスワフ・レムというこれまた巨大なSF作家、いやその枠に収まりきらない哲学者ともいうべき偉大な作家がいたことを私達はもっと知るべきである。


宇宙飛行士ピルクス物語(上) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(上) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(下) (ハヤカワ文庫SF)

宇宙飛行士ピルクス物語(下) (ハヤカワ文庫SF)