大森望『21世紀SF1000』の推薦するSFは(その1:2001-2004年)

 大森望『21世紀SF1000』(ハヤカワ文庫)は2001年から2010年までの10年間に日本で発行されたSFを取り上げて、『本の雑誌』に時評として連載したもの。「序」に「2001年から2010年まで、21世紀の最初の10年間に出たSF約千冊を刊行順にざっくり紹介したべんりな1冊が、お手元の『21世紀SF1000』なのである」と。また「時評パートで書名のうしろについている★印の採点は、当然のことながら、大森の主観的な評価。★★★★★が満点(年間ベストワン級)で、☆は★の1/2個分。★★★★☆なら4.5ポイントということになる」。SFの優れたブックガイドだ。
 本書が選んだ2001-2004年の満点★★★★★の作品を拾ってみた。
       ・
 2001年の★★★★★は、
グレッグ・イーガン『祈りの海』(ハヤカワ文庫SF)。アイデンティティの問題を核に、現代科学の各分野と切り結ぶイーガンは、短篇に関するかぎり、むしろティプトリーの正嫡かもしれない。

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

       ・
 2002年の★★★★★
ニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』(早川書房)。異形の未来を語りながら、いま、ここにある問題が否応なくクローズアップされるところがスティーヴンスンのしたたかさ。どのページを開いても魅惑的なアイデアがあふれ、読み出したら止まらない。
ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店)。……大傑作。オビの文句をもじって、"世界文学に忽然と登場した稀代の書!"と呼びたい。構成は「千夜一夜物語」風。世界文学としては、ジョン・バース「ドニヤーザード姫物語」、ロバート・アーウィンアラビアン・ナイトメア』、ジクリト・ホイク『沙漠の宝』なんかの系譜ですが、それら世界的な傑作群と比べてもまるで遜色がない。日本なら、泉鏡花賞三島賞直木賞とこのミス1位をまとめて進呈したいほど。
アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

打海文三ハルビン・カフェ』(角川書店)は技術的にではなく社会的にリアルな近未来をほぼ完璧に構築した必読の傑作ハードボイルド(ただし、SF要素はゼロに近い)。
ハルビン・カフェ (角川文庫)

ハルビン・カフェ (角川文庫)

ニール・スティーヴンスン『クリプトノミコン』(ハヤカワ文庫SF)。こりゃあたまげた。まさか最後まで全然SFにならないとは。というかコレ、まるっきり冒険小説じゃん!
クリプトノミコン〈1〉チューリング (ハヤカワ文庫SF)

クリプトノミコン〈1〉チューリング (ハヤカワ文庫SF)

酒見賢一陋巷に在り』(新潮社)。主役は孔子の最愛の弟子・顔回子淵。「一を聞いて十を知る」天才でありながら政治の表舞台に立たず、陋巷の貧乏暮らしを選んだ男。その顔回の生涯をめぐる雄大歴史小説−−と思ったら大間違いで、これは古代中国の物凄い超能力者たちが鎬を削る、風太忍法帖ばりの一大伝奇サイキックスーパーアクション巨篇なのである。
陋巷に在り〈1〉儒の巻 (新潮文庫)

陋巷に在り〈1〉儒の巻 (新潮文庫)

コニー・ウィリス『航路』(ヴィレッジブックス)。訳者の手前ミソを承知で言えば、10年に一度の大傑作。小説の中身は、「ER」のカウンティ病院みたいな現代の総合病院を舞台に、臨死体験を科学的に解明しようとする話。
航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

航路〈上〉 (ヴィレッジブックス)

       ・
 2003年の★★★★★
シオドア・スタージョン『海を失った男』(河出文庫)。スタージョンの作家性(とくに文体と語り口)に重きを置いたベストアルバムだから、突拍子もないSF的アイデアやプロットのひねりは重視されていない。そのため、ジャンルSF読者にはややとっつきにくい印象を与えるかもしれないが、じっくり読めば、ジャンルSFの世界で手垢のついたアイデアスタージョンの声を得たとたんまったく別のものに変貌する驚きが存分に味わえる。
海を失った男 (河出文庫)

海を失った男 (河出文庫)

グレッグ・イーガン『しあわせの理由』(ハヤカワ文庫SF)。イーガンは"理屈抜きで楽しめるSF"の流れに敢然と立ち向かい、"考えるSF"の醍醐味を復活させる。本書はその格好のショーケース。アイデンティティの問題を軸にしたコンセプトアルバム的な編集だった邦訳第1短篇集『祈りの海』に対して、こちらはバリエーション豊か。
しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

冲方丁マルドゥック・スクランブル』(ハヤカワ文庫JA)。物語の主役は、死から甦った美少女サイボーグ、バロットと、万能兵器として開発されたてのひらサイズのネズミ型知性、ウフコック。この最強タッグが暴れまくる痛快娯楽活劇は、SFになじみがなくても冒険小説として十二分に楽しめる。秋山瑞人イリヤの空、UFOの夏』(電撃文庫)。こちらはSFとかライトノベルの枠組みに関係なく、誰が読んでもハマれる、中学生を主人公にした、ボーイ・ミーツ・ガールの少年小説。古川日出男サウンドトラック』(集英社)。孤児たちが成長して世界に戦いを挑む構図は、21世紀版『コインロッカー・ベイビーズ』の趣きだが、凄まじい密度と強度はすでに村上龍を超えている。中心となる神楽坂界隈は、オレ(大森望)が会社員時代に8年通った場所だけに、その変貌の緻密な描写は眩暈がしてくるほど。新小川町はアラブ人街に変じてレバノンと呼ばれ、神田川ボートピープルが埋めつくし、飯田橋ラムラそばの外濠では不法移民が投網漁。こんな近未来SF見たことない。
サウンドトラック 上 (集英社文庫)

サウンドトラック 上 (集英社文庫)

テッド・チャンあなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF)。その驚くべき実力はこの1冊で一目瞭然。科学的センス・オブ・ワンダーが小説的感動にきっちり結びつくという意味では模範的な現代SF。"異質な知性"をちゃんと書くことに成功したという1点だけでもSF史に残る。
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

山尾悠子ラピスラズリ』(国書刊行会)。完璧な文章と蠱惑的なイメジャリー、さりげない描写に鍵を隠す超絶技巧、上品なユーモアと円熟の幻想味。読者に二読三読を要求する奇蹟の絶品だ。
ラピスラズリ (ちくま文庫)

ラピスラズリ (ちくま文庫)

デイヴィッド・イーリイ『ヨットクラブ』(晶文社)→『タイムアウト』(河出文庫)は、ラファティとかスタージョンとかワトスンとか乙一とかが好きなSFファン必読の名著。イーリイがここまで凄い短篇作家だったとは。2003年最大の驚愕本。       ・
 2004年の★★★★★
グレッグ・イーガン万物理論』(創元SF文庫)。前作の邦訳から5年も待たされたけど、待っただけのことはありました。イーガンの新刊だから−−という最大限に高まった期待のさらに上を行くこの奇想を見よ。"知的興奮"とかいうレベルをはるかに超えたアイデアが脳を直撃する。
万物理論 (創元SF文庫)

万物理論 (創元SF文庫)

スタニスワフ・レムソラリス』(国書刊行会)は、ポーランド語からの初邦訳。ハヤカワ文庫版から約40枚増量された完訳版で、いま読むとソラリス学の嘘八百がすばらしく面白い。なるほど、これが『完全な真空』『虚数』になったのか。レム的思考を現代に受け継ぐのがイーガンだけど、さすがに貫禄ではレムにかなわないかも。
ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)



21世紀SF1000 (ハヤカワ文庫JA)

21世紀SF1000 (ハヤカワ文庫JA)