お宝:1967年版のスタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記』


 1970年に翻訳発行された偉大なポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの航星日記』(ハヤカワ・SF・シリーズ)である。表紙を見るとスタニスラフ・レムとなっている。昔はスタニス「ラ」フと思われていたのだ。訳者は袋一平明治30年生まれのロシア文学者だ。つまりこれはロシア語から重訳されたもの。袋一平はロシア語をやるくらいだから少し赤かったらしい。そのことは娘の母親から聞いた。彼女(母親)の祖母が袋一平と親交があったという。
 私はこの本を1970年8月27日に買っている。背表紙が銀色のハヤカワ・SF・シリーズの1冊、もう43年前になる。ちょっと自慢のお宝なのだ。とは言っても古書店でたいした値段が付くわけでもないが。それはそうだろう。袋一平という訳者にわざわざそれを買おうという魅力はないだろうし、ロシア語からの重訳ではなおさらだ。何と言っても、1980年にハヤカワ文庫から深見弾訳によるポーランド語からの翻訳『泰平ヨンの航星日記』が発行されている。さらに翌1981年にはハヤカワ文庫から同じ訳者による『泰平ヨンの回想記』も発行された。
 袋一平の訳では、「航星日記」として9つの短篇が収録されている。「第7回の旅」から始まって、12回、14回、22回、23回、24回、25回、そして「第26回の、そして最後の旅」「公開質問状 宇宙を救おう!」となっている。さらに「地球の泰平ヨン」という項目が立てられ、「鉄の箱」「不死の魂」「青い液体」「時間の環」の4篇が収められている。この9つの短篇ののうち、7つの短篇に加えて7篇−−第8回の旅、11回、13回、18回、20回、21回、28回−−を併せてハヤカワ文庫版の『泰平ヨンの航星日記』が構成されている。外された2篇のうち1篇は「地球の泰平ヨン」とともに、さらに4篇を加えて『泰平ヨンの回想記』となった。
 それで袋一平訳の『泰平ヨンの航星日記』はハヤカワ文庫の2冊に再構成されたのだが、ついにどこにも収録されなかったのが1篇あり、それが「第26回の、そして最後の旅」である。深見弾によれば、「第28回の旅」が書かれたために、それとの整合性で外されたのだろうという。即ち、「第26回の、そして最後の旅」は袋一平の「ハヤカワ・SF・シリーズ」でしか読めないことになり、ささやかながら本書がお宝であることを証しているのだ。
 深見弾訳『泰平ヨンの航星日記』は、さらに2009年に大野典宏との共訳による「改訳版」が発行されることになる。共訳となったのは、この時すでに深見弾は亡くなっていたからだ。改訳版は2003年のポーランド語版(最終版)を底本とし、しかし底本にはない「増補改訂版への序文」と「資料に対する覚書」を付け加えているという。そのことの意味は訳者あとがきで詳しく説明されている。
 なお、「第3版への序論」で「第26回目の旅」が収録されていないことについて、それが「間違いなく偽書」であることが判明したからだと書かれている。