以前、このブログでスタニスワフ・レムと筒井康隆の弟筒井俊隆の関係について考えたことがあった。筒井俊隆はもう50年以上も前に兄と一緒に同人誌『NULL』にSFを発表していた。1961年に発表した「消失」という短篇は、その後『SFマガジン』1961年2月号に転載され、ついで『SFマガジン・ベスト2』に収録された。これがスタニスワフ・レムの短篇集『泰平ヨンの航星日記』(ハヤカワ・SF・シリーズ:袋一平訳、1967年刊)の「鉄の箱」「不死のたましい」と同じアイディアだった。脳だけの存在になった人間とコンピュータを結んでバーチャルな体験を実人生だと思わせているというストーリーだった。どちらがオリジナルだったのだろう。
このアイデアがのちにフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』に影響を与え、これを原作に映画『ブレードランナー』が作られる。『攻殻機動隊』もこの延長上にあり、その先に『マトリックス1』があるのだろう。
レムの短篇が書かれたのは1957年、日本語への翻訳はロシア語からの重訳で、最初『SFマガジン』1966年11月号に「泰平ヨンの航星日記−地球の巻」として掲載されたもののようだ。順序としてはレムの原作(1957)、筒井俊隆の発表(1961)、レムの日本語訳(1966)となる。筒井俊隆はポーランド語もロシア語も読めないだろうから、レムからの影響は考えられない。なぜ似たような発想がポーランドと日本で同時に生まれたもだろう。
それが少し分かった気がした。ノーバート・ウィーナー『サイバネティクス−−動物と機械における制御と通信』が1948年に発行されたのだった。これを紹介して、西垣通が『集合知とは何か』(中公新書)で、サイバネティクスはひどく誤解されてしまったと書いている。
……世間ではサイバネティクスとは、「生命体と機械の同質性」をのべる議論であり、人間の機械化をかぎりなく促進する理論とみなされている。脳神経と電子的回路のキメラ的機械人間である「サイボーグ」だの、肉体的欲望が電脳空間を疾走する「サイバーパンクSF」だのを想像してほしい。そこでは通俗的なテクノサイエンス信仰と資本主義的欲望が手を結んでいる。
そういえば、レムの著作にサイバネティクスの言葉が何度も出てきたのが印象的だった。このサイバネティクス理論に影響されて、レムと筒井俊隆が同時代に同じテーマのSFを書いたと考えれば分かりやすい。
しかし、「脳だけの存在になった人間とコンピュータを結んでバーチャルな体験を実人生だと思わせているというストーリー」を、すでに1929年に発表していたイギリス人がいたという。片山杜秀『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ)から、
イギリスの物理学者で科学史家、ジョン・デズモンド・バナールは、未来の人間の理想像とは「脳人間」に尽きると言ったのである。(中略)
ということで、バナールの思い描く未来の人間の姿は、金属製の硬い缶に入った脳と、それに付随する、言葉の通信回路、赤外線・紫外線・X線までがみえる目、超音波まで検知する耳等々、そして移動装置の結合体である。
これは1929年に発行されたバナール『宇宙・肉体・悪魔』に示された考えであるという。あるいは、もっと古い時代にも似たような考えを持った人間がいたのだろうか。
なお、『マトリックス1』を見た筒井康隆が、これは弟だと言っていたという。紹介したレムの作品は、現在深見弾訳で『泰平ヨンの回想記』(ハヤカワ文庫SF』に「第一話」「第二話」として収録されている。きわめて興味深い西垣通『集合知』については、別の機会に紹介したい。
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