スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』を読む

 スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』(ハヤカワ文庫)を読む。タイトルの横に小さく〔改訳版〕とある。これは以前集英社から深見弾の訳で出ていた単行本に、弟子の大野典宏が手を入れたもの。あとがきによると、イスラエルアリ・フォルマン監督により2013年に映画化され、2015年6月に『コングレス未来学会議』として日本でも公開されるという。ではそれに合わせて文庫化したのだろう。
 映画では泰平ヨンは出てこないらしいが、タイトルにあるとおり、これはレムの連作「泰平ヨンシリーズ」の1冊だ。今までも『泰平ヨンの航星日記』や『泰平ヨンの回想記』、『泰平ヨンの現場検証』などが翻訳発行されている。泰平ヨンは宇宙を旅する冒険家で、その活動は一見ハチャメチャだ。奇想天外な宇宙人が現れたり、とんでもない宇宙に出くわしたりする。ところが、普通そのような物語はスペースオペラになってしまうのに、レムは根底に人間や宇宙に関する深い考察があるので、スラップスティックを通して生命の認識や技術の未来について考えさせられることになる。なんといっても、名作『ソラリス』の作者なのだ。
 とは言え、遊び心も満載で、冷凍睡眠中は1ページに1、2行、「無」とか「ここにはなにもない――私も存在しない。」とだけ書かれた白いページが延々16ページも続いて、ちょっとトリストラム・シャンディを思わせたりする。裏表紙の惹句には「レムがブラックな笑いでドラッグに満ちた世界を描き出す、異色のユートピアSF」とある。
 今年の5月はレムファンにとっては豊穣の月で、本書のほか、ハヤカワ文庫から『ソラリス』が刊行された。これは国書刊行会の「スタニスワフ・レム コレクション」の1冊として、沼野充義ポーランド語から直接訳して発行していたものを、今回安価な文庫化したものだ。そして国書刊行会のレム コレクションからも待望の『短篇ベスト10』が刊行された。予告されていながらわれわれファンは10年近く待っていたものだ。これで全6巻のうち未完は1冊だけになった。
 スタニスワフ・レムこそ、SFという枠を取り去っても世界の偉大な知性だと思う。現代文学という枠に限っても、シリアスな作品を書く作家たちに伍して、スパイ小説のル・カレとともに第一級の作家だと思う。ひろく見直されて良い作家なのだ。


お宝:1967年版のスタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記』(2013年11月6日)
大森望『21世紀SF1000』のスタニスワフ・レム評(2013年1月7日)
スタニスワフ・レム「宇宙飛行士ピルクス物語」(2008年11月9日)