3月26日の朝日新聞に、女優沖山秀子の訃報が掲載された。21日不整脈で亡くなったという。65歳だった。死亡を伝える記事から、
映画「神々の深き欲望」でデビューし、「どですかでん」「赤目四十八瀧心中未遂」などに出演。歌手として「ダンチョネ節」を歌った。
沖山秀子というと、先日読んだ竹中労「鞍馬天狗のおじさんは」(ちくま文庫)を思い出す。鞍馬天狗の嵐寛寿郎は「神々の深き欲望」で沖山秀子と共演した。監督は今村昌平だった。
嵐寛寿郎が女性スキャンダルで週刊誌に追いかけられてウンザリしているときに、沖縄でロケをする映画「東シナ海」に出演する話がきた。
……で、沖縄へ出かせぎや。『東シナ海』撮っとるところへきよった、今村昌平オンタイ。巨体をゆすって、那覇の宿屋にやってきた。「ここまできている、たったの1時間で石垣島までいける、もう1本撮りましょうや」。これも(出演料が)80万円。たちまち欲が出た、うーん1時間やったら、ギャラかせいでもええなあ。これが間ちがいのもとや、何が1時間ですか、南大東島まで持っていかれた。
誘拐ですわゆうたら、1時間のはずが3カ月、半年、1年ちかく撮影かかりました。もうむちゃくちゃダ、暑いの何のムシ風呂でおます南大東島。サトウキビしかあらへん、海がシケよる、オカズない、乾麺食うとる、とうとうタバコまでのうなった。こら地獄や、えらいところへきてしもうた。
おまけに今村昌平、自分ばかり女抱いとる。あの沖山秀子、これが頭おかしゅうなった、ビルから跳びましたやろ。7階も上から、ほてから生命たすかった、バケモノや。これですわなお相手が、大けな女なんダ、おまけに素裸で歩いとる、フリチンで。
いやフリマン、おっぱいも下の毛もまる出し、何とズロースはいとらん。この世のこととも思えん、ワテも奇人やと自認してま、だがこれはタダゴトやない。
男優かて三国連太郎、破傷風にかかって、足1本なくすところでおましたんやで。それでも、まだこりずに、ゼニもらわんと、自費でやってきよりますのや。南大東島キチガイ部落、それで手紙が着きよる、これは冗談でおますけど、変なのばっかり。沖山秀子、監督と毎日オメコしとる、かくし立てしまへん。
そら堂々たるものです。まあゆうたら天真らんまん、先天性の露出狂ダ。ほんまに目を疑った、フリマンであらわれた時は。奄美大島の出身やそうですな、日本人離れというよりも、人間離れがしている。そこがまた、この映画では取柄やった、ちょっと今村昌平の他に、あの女優は使いこなせんのとちがいますか?
(中略)
『神々の深き欲望』、映画俳優生活50年の中で、これほど印象深い作品はおまへんな。ブルーリボンの助演男優賞とった。本番18回のおかげや。ゆうたらまあ芸術映画ダ、キネマ旬報のベストワン。
せやけど、娯楽作品としても立派な出来やった。あの三国連太郎がラストで、松井康子をつれて赤い船で逃げていくシーンなどほろりとさせられた。
沖山秀子のエピソードもすごいが、アラカン=嵐寛寿郎の語りが絶品ダ。
『神々の深き欲望』では面白い話も聞いた。ロケに参加していたカメラマンから直接聞いたのだが、撮影済みのフィルムをなくして大騒ぎになったことがあった。主演俳優が東京へ帰ってしまって、フィルムが見つからないとまた俳優を呼びもどして撮影し直さなければならない。天気待ちが続いたりして撮影は大変だったのに。しかし、そのフィルムがカメラ班の部屋から出て来た。カメラマンたちが相談して、フィルムは捨てようということになった。一番大事なフィルムをなくしたのがカメラ班だったなんて映画関係者の風上にもおけない大恥だからというのだ。結局一人のカメラマンが提出すべきだと主張して、フィルムは捨てられずに済んだという。映画人たちの不思議な常識に触れて面白かった。
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