「蠅の王」を45年ぶりに読みなおして

 ゴールディング「蠅の王」(集英社文庫)を読む。高校生の時に初めて読んでからほぼ45年ぶりの再読だ。当時非常に強い印象を受けたことを憶えている。こんな世界観があったのかと驚いた。「十五少年漂流記」を絶望的に書き直したものだと思った。第三次世界大戦が起こり疎開するイギリスの少年たちが乗った飛行機が不時着し、小さな無人島に12歳を筆頭の子どもたちだけが上陸する。少年たちのサバイバルはだんだん悲惨な度合いを強めていく。最期には殺人さえ行われる。連合赤軍浅間山荘事件を先取りしたかのようだ。
 娘によれば、「蠅の王」に影響を受けた小説やゲームがたくさんあるのだという。わたしだけではなく多くの読者が強い影響を受けたのだろう。
 そして45年ぶりに読みなおした感想はずいぶん違ったものだった。まず細部の書き込みが粗い。もっと具体的な日常生活が書かれてしかるべきだ。無人島の生態系に関する描写が粗雑だ。大型哺乳類として野生の豚だけがいることの不自然。これはかつて持ち込まれたものが野生化したのだろうか。そしてこの豚に天敵がいなければ「セントキルダ島と羊たち」のような悲劇がおこるのではないか。

(セントキルダ)島は閉鎖系であるため、ヒツジの数がどんどん増えると環境収容力が一杯になり、やがて一気に大半のヒツジが死んでしまう。ここのヒツジは、このような増加と減少のサイクルを長年(約5年周期で)、繰り返しているのである。

 いや、これは重箱の隅かもしれないが、いずれにせよ細部が貧しい感は否めないのだ。そんなことを言い切れるのは、細部が豊かなカズオ・イシグロの「私を離さないで」を読んだからだ。
 最初に読んだとき、「蠅の王」に非常に感嘆したので、ついで翻訳されたゴールディングの第2作「後継者たち」も続いて読んだのだったが、これはつまらなかった。ネアンデルタール人から見たクロマニヨン人を書いたものだが、言葉のないネアンデルタール人の立場で書いているので、全編すべてネアンデルタール人のイメージで綴られているのだ。成功作とはいいかねた。それでゴールディングを卒業したことを思い出した。
 雑誌「考える人」2008年春号の「海外の長篇小説ベスト100」ではベスト250にも選ばれてなかった。ただ、同誌に掲載されている「アメリカ『20世紀の英語小説ベスト100』」には41位にランクされていたし、「イギリス『古今の名作ベスト100』」にも66位にランクされていた。
 上で触れた長谷川真理子のエッセイ「セントキルダ島と羊たち」を紹介した「人口問題」を読んでみてほしい。
「人口問題」(2006年12月3日)


蝿の王 (集英社文庫)

蝿の王 (集英社文庫)

蠅の王 (新潮文庫)

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