「悩みのるつぼ」の車谷長吉のユニークな回答にコメントする

 朝日新聞の人生相談コラム「悩みのるつぼ」の3月6日の回答者はいつも奇抜なアドバイスをする直木賞作家の車谷長吉だ。相談者は40代の独身女性会社員、相談のタイトルが「結婚に性交渉は必須ですか」で、もうのけ反ってしまう。

 30歳で、子宮の病気がわかりました。その後、38歳で子宮を全摘しました。(中略)
 しかし、40歳を過ぎ、私が妊娠出産ができなくても、性交をすることが苦手でも、結婚を了承してくれる人がいるのではと思い、結婚願望を再び持つようになりました。(中略)
 結婚に性交は大事なことで、できなくて離婚したり、愛人を作ったりした話も聞きます。年老いてもやはり、性交は大事でしょうか。いろんな原因で性交が出来なくなったり、苦手だったりすると、結婚はできないのでしょうか。

 う〜ん、これはなかなか答えづらい質問だ。車谷長吉は何と答えるのだろう。

 私は48歳の秋、49歳の女と結婚しました。女は「事情があって」子はいらない、と言うていました。だから、結婚しました。私は女と性交することが嫌いです。けれども結婚したあとは時々、性交をしていました。が、53歳の冬、突然、強迫神経症心因性胃潰瘍に罹り、性交不能となったので、以後は性欲が一切湧いてきません。すると、嫁はんも求めなくなったので、いまではほっとしています。強迫神経症を病むと、なかなか完全には治りません。
 あなたさまは「年老いても性交は大事」と思うておられるようですが、私は大事ではないと思うております。結婚生活においても、大事なのは健康です。私は今のところ、まずまず健康ですが、心の中では、1日も早く死にたいと願っています。しかし嫁はんを捨ててはおけないので、一生懸命、働いております。この世に生きるためには、お金が必要です。
 性交には快楽がともないます。その快楽が好きな人には、問題はありませんが、けれども、私は「不安な快楽」だと思うています。性交の快楽は理性の働きに反しています。自己壊滅してしまいそうな危機(鬼気)を感じます。私はよく人から、お前はあまりにも理性的だ、と非難されますが。不可解な言葉です。一種のからかいなのでしょう。世の中には私と同種の男がいると思います。ただ、そういう男は私と同じように病人や身体障碍者が多いのでは、と想像されます。(後略)

 友人のI田君が聞いたらぶっ飛んでしまうような回答だ。さすがに期待を外さない。以前はこの反対に、性欲が強すぎて悩んでいる十代の女性からの質問があった。上野千鶴子が一般論に逃げた回答をしていた。
性欲の強い十代女子と上野千鶴子(2009年7月5日)

 以前、車谷長吉の回答にコメントしたことをもう一度繰り返そう。野見山暁治「四百字のデッサン」(河出文庫)から、椎名其二が野見山暁治に哲学者森有正のことを語るエピソード。

 森(有正)さんは女好きなんですかね、と後日、私(野見山暁治)が口走ったとき、椎名(其二)さんは私の方にきつい顔をむけた。自分の性欲をもってして他人をおしはかってはいけないのです。性欲ほど人それぞれに違うものはないようだ。キミや私は女と喋っているだけで消化できる体質のようだが、森くんはそうではなく、体が言うことをきかないのではないかな。キミはそれをフシダラだというふうに思ってはいけない。

 年老いていない夫婦で性交を拒否すれば、それは離婚を要求する十分な理由になるはずだ。相談者の年齢で性交抜きの結婚を受け入れる男性はほとんどないか、あってもごくわずかだろう。そういう条件でどうしても結婚したければ、相当年上の男性から探すことだ。まあ、相談者と20歳以上離れていればまず大丈夫だろう。