『ユリイカ』8月臨時増刊号「総特集 野見山暁治 絵とことば」がすばらしい。本号には野見山暁治以外の記事は一つもないし、雑誌なのに広告一つない。すべて野見山暁治なのだ。
最初に小川格を聞き手とするインタビューが43ページも載っている。ついで中村稔が野見山暁治の文章について「散文の名手」と題して書いている。そこで紹介されている野見山の寒中見舞い。それぞれ、2010年と2011年と2012年のもの。
爺ちゃんになろか
子どもなろか
目下 ヘンシン実験中
このところ小さい骸骨柄の
マフラーが気に入っている
おかしいかなぁ
いいことも
いやなことも
ひっくるめて
生きております
ほかに三好豊一郎の詩、粟津則雄と窪島誠一郎のエッセイが載っている。ついで誌上ギャラリーとして、初期から最近作までカラーページで32ページも作品が紹介されている。その次は「野見山暁治アルバム」、誕生直後から最近までの興味深い写真が集められている。パリ時代の陽子夫人と椎名其二が並んだスナップがある。
ほかに昭和27年の坂本繁二郎と野見山の対談、野見山に関する小川国夫や池内紀、田中小実昌らのエッセイが並べられている。また村田喜代子や高山登、姪の田中りえらのエッセイもおもしろい。
だが充実しているのは、野見山の傑作エッセイを集めたもの。50ページに渡って収録されているが、私のようなファンでも初めて読んだものがいくつもあった。最後に年譜も最新のものを追加して掲載されている。
野見山のエッセイから駒井哲郎について書いたもの。
ノミヤマは同級だよな。酔っぱらうと駒井は大きな声で親愛の情をしめす。私たちは50歳を過ぎた。おい、ノミヤマ、飲めよ、そうしているうちに駒井はもっと酔っぱらう。ノミヤマはオレの1級下だ、こいつは落第したんだぞ。私は3年生のおりに胸をわずらい、それまでかなりサボっていたのも祟って落第した。駒井が私の落第を喚きだしたらもう危ない。そばに女がいれば力まかせに抱きつき、男だったら悪口雑言、あたりかまわずオシッコを撒きちらす。ああ、その目つきだけはやめてくれ。そんな無残な駒井であってはいけない。気高く痩せてタンレイなもの腰の、そうした一切を支えていた糸がプツリと切れて、手足バラバラのあやつり人形のようにくずおれる、髪をみだし、虚ろにものを見据え、叫んでいる言葉はもう誰にも聞かせたくない。
椎名其二を語る章は絶品と言っていい。こんな短い文章で一人の人間を描ききっている。
野見山暁治について、手っ取り早くその全体を知りたいと思ったら、この特集号は本当に良い手引き書だ。絵と文章と、天は野見山暁治に大きなふたつの才能を贈っている。

ユリイカ2012年8月臨時増刊号 総特集=野見山暁治 絵とことば_ きょうも描いて、あしたも描いて、90年
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2012/07/05
- メディア: ムック
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