説得力について

 C社というデザイン会社に時々デザインを外注していた。そこの佐々木さんという社長はきわめて説得力に優れた方だった。
 以前M社という大企業に依頼されて、これは社内のデザイナーを使ってM社の海外向け新製品のロゴタイプをデザインしたことがあった。商品名を「Tre・・」と言った。
 後日M社から別の製品のロゴタイプの制作を依頼されて、佐々木さんを同行して打ち合わせに行った。打ち合わせの席上、M社の担当者から、前に作ってもらったTre・・のロゴタイプの「r」の字があの会社の、と窓の外を指して、br・・・の社名の字と似ているという批判があるのですと言われた。窓外にはその会社のビルと社名の文字が見えた。確かに似ている。
 すると佐々木さんがすかさず、似てますねえと言った。でもアルファベットはもともと26文字しかないんです。だいたい皆似てるんです。
 それでこの話は終わりになって、新しく作るロゴタイプの打ち合わせに移った。
 佐々木さんの話は不思議と説得力がある。このときもそうだったが、相手から出た話を絶対に否定しないでまず肯定する。すると相手の態度がすっと軟化する。そこから改めて話を組み立てていく。難しそうな話の時、佐々木さんに何度か同席してもらったが、いつも上手にまとめてくれた。説得の方法について教えていただいたのだった。
 佐々木さんはブックデザイナーとしても一流で、「ブックデザイナー100人」というような本にはたいてい載っている。