朝日新聞書評委員が選ぶ「今年の3冊」

 毎日新聞、読売新聞に続いて、朝日新聞書評委員が選ぶ「今年の3冊」が発表された(12月28日)。書評委員20人×3冊=60冊、その中から気になったものを挙げる。

石川健治東京大学教授)

高村光太郎の戦後』(中村稔著、青土社・2860円)
本書は、己を虚しくして宇宙の大生命を体現しようとした以上責任のとりようがない表現人が、「戦後の」一市民の立場でこれを再読することで「戦後責任」をとろうとした事例を探求。射程は当然、自主表現人(筧克彦)であった現人神天皇と、戦後の象徴天皇の関係にも及んでいよう。

 

高村光太郎の戦後

高村光太郎の戦後

  • 作者:中村稔
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2019/05/24
  • メディア: 単行本
 

 

柄谷行人(哲学者)

『崩壊学』(パブロ・セルヴィーニュ、ラファエル・スティーヴンス著、鳥取絹子訳、草思社・2200円)
地球の生物が絶滅する危機がこれまで5度あったが、6度目の危機が迫っている。その兆候は化石エネルギーの払底や気候変動としてあらわれている。それに対して再生可能なエネルギーを活用する対策が提案されてきたが、それらはすべてもう遅い。一切の望みを棄てよ、と本書はいう。そのうえでのみ、ささやかな希望と活路が見えてくる。その意味で「崩壊は終わりではなく、未来のはじまりなのである」。
『資本主義と闘った男』(佐々木実著、講談社・2970円)
50年前にそのような↑展望をもち、シカゴ大学経済学教授のポストを棄てて帰国し、水俣の公害問題や三里塚の空港基地問題に取り組んだ人がいる。「資本主義と闘った男」宇沢弘文である。

 

 

 

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界

  • 作者:佐々木 実
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/03/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

呉座勇一(国際日本文化研究センター助教

『三体』(劉慈欣=リウツーシン著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修、早川書房・2090円)
本書は世界的ベストセラーになった中国SFの待望の邦訳。異星人との接触という古典的なテーマに正面から挑み、現代的に再生させた力量に脱帽。欧米日などの先進諸国では見られなくなった科学文明への力強い肯定は、ここ30年で急成長した中国の勢いを象徴する。
『平成金融史』(西野智彦著、中公新書・1012円)
一方で日本にとって、この30年は低迷と混乱の時代だった。本書はバブル対策のつまずきに端を発する金融行政の迷走を、関係者への取材に基づき生々しく語る。不良債権処理のための公的資金注入がもう少し早ければと悔やまれてならない。

 

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
 

 

 

平成金融史-バブル崩壊からアベノミクスまで (中公新書)

平成金融史-バブル崩壊からアベノミクスまで (中公新書)

 

 

間宮陽介(京都大学名誉教授)

『資本主義と闘った男』(佐々木実著、講談社・2970円)
本書は世界的経済学者、宇沢弘文の伝記。数理経済学で名を馳せた宇沢が、帰国後、なぜ社会的共通資本論に没頭したか。知と情が分かちがたく結びついた彼の思想世界が、軽快なテンポで明快に描かれている。

 

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界

  • 作者:佐々木 実
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/03/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

諸田玲子(作家)

『イタリアン・シューズ』(ヘニング・マンケル著、柳沢由実子訳、東京創元社・2090円)
本書はスウェーデン東海岸群島の孤島に暮らす世捨て人のごとき老人の秘密が厚い氷が解けるように暴かれてゆきます。

 

イタリアン・シューズ

イタリアン・シューズ

 

 

石川尚文(本社論説委員

『三体』(劉慈欣=リウツーシン著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修、早川書房・2090円)
本書をうっかり夜中に読み始めたら冒頭の濃厚な描写に引き込まれて徹夜に。文革体験の痛切な重みが迫る前半を支えに、中盤以降は若干やり過ぎ感もある怒涛の展開へ。続篇の邦訳が待ち遠しい。すでにSF的な中国社会から、今後どんな作品が生まれてくるのか。
独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木毅著、岩波新書・946円)
第2次世界大戦の中でも独ソ戦は、あまりに大きな犠牲に呆然としてしまい、思考も感情も途方に暮れてしまうことがある。本書は簡潔かつ明晰な全体像を示すと同時に、日本での理解・認識の遅れに釘を刺す。学研M文庫で独ソ戦ものに接した人には必読のようだ。

 

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
 

 

 

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

 

 

吉村千彰(読書編集長)

『鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史』(片山杜秀著、講談社・3520円)
日本の名音楽家14人を取り上げ、世間の評価と違う「鬼子」ぶりを考察した力作。特にテレビアニメ「赤毛のアン」の主題歌からオペラ「遠い帆」へと連なる、三善晃の、ここまでやるかという濃密な音づくりに目を見張る。

 

鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史

鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史

 

 

 さて、私がすでに読んだのは、『鬼子の歌』1冊だけだった。