大岡昇平『愛について』を読む

 大岡昇平『愛について』(講談社文芸文庫)を読む。恋愛に関する10篇の短編小説集。それぞれの登場人物たちが他の短篇にも登場する。少しシュニッツラーの『輪舞』を思わせる。いわゆる風俗小説に似ているが、それでいて作家が主人公たちを作り上げている感も強い。大岡がこれらの物語を書く必然性が感じられないし、風俗小説としたらその出来はもう一歩という印象だ。
 新聞連載小説で、はじめに7話完結と予告されていたのが10話になったとある。してみるとおおよその構成は念頭にあったのだろう。その割りに9話になって突然月世界が舞台となり、かぐや姫が登場する。しかも第1話のヒロインが交通事故で亡くなったことの謎解きが、月の住人であった旧ヒロインの口から語られる。唐突で掟破りの小説作法ではないだろうか。しかもそれが成功しているとは思えない。
 大岡昇平といえば、『野火』や「俘虜記』『レイテ戦記』『ミンドロ島再び』など戦記文学では超一流の作家なのに、恋愛小説はどうしてこんなに良くないのだろう。加藤周一が評論の世界ではやはり超一流でありながら、小説では理が勝ちすぎた作品しか書けなかったことと似ている感じがする。
 私にはこの作品を評価することはできなかった。


愛について (講談社文芸文庫)

愛について (講談社文芸文庫)

輪舞 (岩波文庫)

輪舞 (岩波文庫)