本多久夫『形の生物学』を読む

  本多久夫『形の生物学』(NHKブックス)を読む。カバーの内側の惹句を引く。

 

単細胞のゾウリムシから多細胞のヒトまで、生物は、今あるこの多様な形に、どうやってたどり着いたのか。本書では、多細胞生物の「袋」に着目し、生物体の内と外の境目について考える。ついで、単純な袋構造から複雑な動物体がつくられる形づくりを細胞の自己構築・自己組織化の観点から解き明かす。進化を形の多様性の視点から明快に分析し、生物学の歴史に新たなページを開く。

 

 本書を読み終えてこの惹句を見ると、極めて正確に内容を要約していると思う。ただNHKブックスは一般向けにやさしく解説している普及書だ。そのつもりで読むとかなり専門的なところまで踏み込んで書いていてしばしば歯が立たない印象さえ受ける。

 身体の表面は上皮シート=上皮組織で覆われているという。上皮シートは食道や胃、小腸など「内」側にも入り込んでいる。「外」が身体の中まで入り込んでいる。上皮シートが袋構造をしていて、内と外を区切っている。胃の中は「外」なのだ。上皮シートの袋が変形して器官ができる。

 受精卵から始まって多細胞動物ができていく過程が詳しく辿られる。目のでき方、体の縞模様のでき方まで語られる。

 ヒトデの幼生を使って細胞が再構築する実験が紹介される。

 まず幼生を、マグネシウムイオンを除いた特殊な海水中に置くと、細胞どうしがばらけて離ればなれの細胞になる。この細胞を静置しておくと細胞たちが集まってシートを作る。シートの端がめくれ上がり、閉じた袋を作る。袋の中に残った細胞が袋の中で一回り小さな袋を作る。これらの袋が局所的に融合を起こし、肛門や口、原腸胚のようなものを作り、この後幼生となって泳ぎ出すという。このことを本多は、細胞のいくつかの自己構築のステージが次々に連なって起こるという。本多は「細胞が集まって個体を自己構築する」という考えを抱いている。

 遺伝子のセットであるゲノムが細胞の性質や能力を決める。この細胞からなる集団が自己構築により形を作る。次のステージでは細胞の性質や能力は新たに遺伝子によって決められ、細胞は次の自己構築を行う。

 生物の継続には個体よりもゲノムが肝心だ。「生き残らなかった個体のゲノムは排除される」。個体はゲノムのチェックに使われる。ゲノムは複製中に変異する。変異は偶然で、生き残った個体のゲノムが継続する。

 本多は共生を語る。その一つは「棲み分け」だが、これは京大の先輩今西錦司の提唱した概念だ。一方、「進化が起こることを、変わるべくして変わるという表現がなされたこともある」と、批判的に紹介しているが、これも今西の主張だった。

 終章で本多は書く。

 

 これまで進化は、適応的という細い道を一歩も踏み外すことなく進んできたと考えられていた。一度でも踏み外せばそこで排除されたはずである。しかし、細胞が形を自己構築するという見方によって、進化はこれまで考えられてきたよりもずっと幅が広くて進みやすい道を歩んできたと考えられるのである。ゲノムが形を決める過程の間に細胞たちが自己構築を行うことに気づいて、はじめてこのような幅のある進化の可能性を指摘できた。自己構築でできる少数のできそこないの個体が、次の進化のチャンスを提供するのである。

 

 途中、難解な部分に耐えて読み進めることによって、進化に関する魅力的な知見を知ることができた。口絵に三毛猫の写真が載っている。これは遺伝子は模様の形や配置までは支配していない例だという。

 

 

 

形の生物学 (NHKブックス)

形の生物学 (NHKブックス)