東大出版会のPR誌『UP』の「すゞしろ日記」ほかを読む 

 4年ほど前、佐藤信主宰の鷗座公演で、ベルナール=マリ・コルテスの芝居『森の直前の夜』を見た。佐藤の演出は実験的で、役者がひとり舞台中央に立ったまま2時間近く喋りつづけるというものだ。上半身は動かすものの、足は1カ所に立ったままだった。ほとんど朗読劇に近かった。
 さて、東大出版会のPR誌『UP』6月号に連載の山口晃「すゞしろ日記」第147回を読む。A5判という小さな判型の雑誌1ページに24コマが描かれている。それを佐藤信流にセリフだけ拾ってみる。

さて前回は
   *
朝の詩情と
薄れゆく意識を
   *
余白の美しさや
奔放な線にのせて
表してみた
   *
読者は
どのような感慨を
抱かれたであろう
   *
自営業者としての
顧客調査――
   *
「過去最大級の手抜きぶり」
「あきちゃったのかな」
   *
もろもろの
あたたかい反応
が身にしみる
「アリガタシ」
   *
何となれば
特に感想も
頂かぬのが
毎回の
ことであり
   *
こちらとしても
何やら小利口な事
や情動をあおる様
な事を描くつもり
はないから
で――
   *
スタンスとしては
「どうでもいいが
ちょっと楽しげ」
をかかげて
いる
「それ
オレの
事じゃ
ないか」
   *
なので殊更な
意見・感想は
期待していないし
期待する様な
内容でもない
   *
それでも
「こんな事
描いて
誰か読む
のかな…」
などと
   *
時々、
空しく
なる事
がある
   *
そんな時
「すゞしろ
日記
楽しみ!」
あ…
   *
ウフフフ
「くすぐったい」
   *
感想は要らぬ
などと強がっては
みせても、頂けば
手もなく喜ん
でしまう
簡単さである
   *
そう云う連載が
この間は144回だった
ので、とうとう干支を
ひと回りしてしまった
「ありゃ―」
   *
回数だけみれば
そう大した事
はないし月に
一度きりの事で
済むので楽な方
なのだろうが――
   *
この横着者
にしては、よく
続いた方だ
「いやー
アブナ
い事も
度々だったな」
   *
もうすぐ150回が
来るが、そうなる
と、第3巻が
出せる紙数に
なる
   *
出して
頂ける
のだろ
うか
知らん…
   *
―と、こういう内容の事
を書く時はネタのない時
な訳で、あまりやらない
ようにしたいが――
   *
何となく感謝が
のべたくて、こんな
内容にしてしまった
   *
皆さま、有難うございます

 いや、山口さん、最初から毎回欠かさず楽しみに読んでいます。『UP』を手にするとまずこれを読み、ついで須藤靖の連載を探し(でも3か月に1回?)、次に佐藤康宏の連載を読みます。
 その佐藤康宏の連載「日本美術史不案内」6月号は「学んで時にこれを習う」がタイトル。運転免許証と同じように大学の卒業証書も更新制にした方がよいのかもしれないと書く。少なくとも要職にある人物については大学が勧告をしてはどうか、と。

 2012年、磯崎陽輔総理大臣補佐官が、大学時代の憲法の講義では立憲主義という言葉を聴いたことがない、と述べた。不勉強を告白していること以上に問題なのは、立憲主義の理念を知らないふりを装いつつ、およそ憲法の体をなさない自民党改憲案への批判を封じようとしたことだ。こういう議員は、ぜひともいま一度憲法を学んでほしい。夫婦に同姓を強制する民法の規定を合憲と判断した裁判長、寺田逸郎最高裁長官にも法学部の教室に戻って、本来の憲法の精神に照らせばこれでいいのかを考えなおしてもらいたい。黒田東彦日銀総裁も法学部出身だが、その泥沼の金融経済政策について、もう手遅れかもしれないにしても、いま指導したいと考える経済学部の先生もいるのではなかろうか。あるいは、大阪の国有地が異常に安い価格で森友学園に売り渡された事件に関して、目を宙に泳がせながら明らかに虚偽とわかる答弁を国会で重ねてきた佐川宣寿財務省理財局長。「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という憲法15条2項の規定に反している気配が濃厚である。安倍晋三を守ることから解放され、学びなおす機会が得られたら本人も幸せだろう。

 須藤靖のエッセイ「明日ことはわからない」もおもしろかった。