本橋信宏『東京最後の異界 鶯谷』を読む

 本橋信宏『東京最後の異界 鶯谷』(宝島社)を読む。以前読んだ森川嘉一郎趣都の誕生』(玄冬舎)の類だろうと思った。『趣都の誕生』は2003年に単行本が発行されたもので、オタクの街としての秋葉原を紹介している。これが発行された10年前はまだ秋葉原にある会社に勤めていたので、この街について多少は知っているつもりでいたが、オタク関係の情報はほとんど知らなくてなかなか面白かった。『東京最後の異界 鶯谷』もその類だろうと思ったのだ。秋葉原と違って鶯谷がラブホテルの街だということは、昔勤めていた会社の健康保健組合が契約している健康診断をする病院が鶯谷のホテル街の外れにあったから、一応知らないではなかった。本当にそれだけの知識だったが。
 しかし本書は実は過激な風俗の実態を紹介するものだった。鶯谷は現在デリヘルのメッカになっているという。デリヘルはデリバリーヘルスの略で派遣型風俗店、店舗を持たずに女の子を抱えた店が、電話をしてきた客に応じて女性を派遣してニャンニャンをさせている。鶯谷は駅前にホテル街が直結しているので、デリヘル業者にとって使いやすいらしい。
 鶯谷にラブホテル群ができた理由について、本橋が書いている。

 上野駅の隣街である鶯谷は、終戦直後、上野駅で降りた求職者が寝泊まりの宿を探す恰好の場所になった。焼け跡は宿泊施設となり、焼け残った民家はそのまま住民が暮らすようになり、そこに現在の民家とラブホテルが入り交じる独特のエリアになったのだ。

 鶯谷と山手線を挟んで線対称となる高台の上野桜木町に育った知人によると少々違っている。鶯谷は戦後、地方の生徒たちが修学旅行で泊まる旅館街だった。それが生徒たちがだんだん贅沢になって、旅館でなくホテルを利用するように変わっていった。閑古鳥が鳴き始めた旅館がラブホテルに転換してそれが当たったことから、ラブホテルが増えていった。あんまり儲かるので、ホテルは数年ごとに改築し、経営者たちは大名旅行に明け暮れているという。
 本橋はもともと風俗業に関する専門的なライターだった。私も本橋の『何が彼女をそうさせたか』(バジリコ)という人妻ホテトルを取材した本を読み、ブログに紹介したことがある。実際にその風俗を体験取材し、働いている女性たちの生の声を書いている。『何が彼女をそうさせたか』は立花隆佐藤優『ぼくらの脳の鍛え方』(文春新書)にも「立花隆選・セックスの神秘を探る10冊」という章で推薦されている。
 本書を読んで思い出したのだが、10年以上前に根岸あたりの廃校になった小学校で芸大生たちのグループ展があった。それを見たあとで鶯谷駅まで戻り、ついでに上野駅まで歩いて行こうと思った。鶯谷駅から山手線の外側に沿って数分も行けば上野駅だろうと歩きはじめた。ところが路地みたいな細い道は何度も折れ曲がり、結局行き止まりになったのだった。その路地に若くはない女性たちが何人も立っていて、お兄さん遊んでいかない? と声をかけてくる。何も言わずに顔の前で手を振ると、どの女性も、ああ遊んできたのね、帰りなのねと返してきた。この路地では、これから遊ぶ男と遊び終わった男の2種類しかいないことになっていた! それ以外の男は存在しないのだった。土曜日の午後おそらく3時頃だったと思う。明るい日のもとで、近所の奥さんたちみたいな女性たちが「立ちんぼ」をしていることがショックだった。
 風俗に関する本なので、精力剤についても書かれている。

 知り合いの商社マンからその昔、ある植物の実をもらったことがあった。
「女と一緒にこの実をむいて食べてみなよ」
 と言われて、半信半疑のまま、シティホテルで女と一緒に実をむいてポリポリほおばった。
「なんだか股が熱くなるの」
 女のほうが普段より積極的になった。
 その夜は回数が普段の倍になった。
 急激に催すのではなく、気がついたら普段とは比べものにならないくらい数をこなしていた、ということだ。
 商社マンがくれたのは、ペルーで自生しているマカの木からもいだ実だった。
 よくマカエキス配合の精力剤が売られているが、私とガールフレンドがかじったのはエキスどころではなく原材料の実だったわけで、そりゃ効いたわけだ。

 そういえば昔Tさんが試した中国の精力剤は、何回しても衰えなくて困ったと言っていた。
 風俗ライターとして第一線を走り続けてきた伊藤裕作は風俗で2,000人近い女性と体験したという。その伊藤の述懐、

 豊富な体験人数から何か貴重な経験則はないかと尋ねたところ−−
「口元にほくろがある女性はスケベ。それは間違いない」

 伊藤はめいっぱい恥ずかしいことをしてきたので、死に様をしっかりしなければ、と現在は親鸞研究に没頭しているという。親鸞を研究してしっかりした死に様を実現できるだろうか?
 私には少々毒がきつい本だったが、なかなか楽しめた。これで若かったら鶯谷へ行っただろうか?


 本橋信宏『何が彼女をそうさせたか』(バジリコ)を紹介したブログ。
平凡な顔に完璧な肉体美が強く魅惑する?(2010年2月26日)



東京最後の異界 鶯谷

東京最後の異界 鶯谷