小谷野敦のAMAZONの書評がユニーク

 AMAZONに掲載されている小谷野敦の書評がユニークで面白い。★☆☆☆☆は5点満点の評価1点の意味。

『寝園 』(講談社文芸文庫)
横光 利一著

★☆☆☆☆いや驚いた
どういう役がらで横光利一というのが当時大作家扱いされたのか、ぜひ研究しなければならん。「機械」その他いくつかの短編と『紋章』を除けば、横光の長編小説のだいたいが、つまらないか通俗かのどちらかである。これは通俗のほうで、もう通俗臭ふんぷんたるものがあってしかもつまらない。読まれなくなったのは当然である。


『「別れる理由」が気になって』
坪内 祐三著

★★★★★『別れる理由』演義
小島信夫の『別れる理由』は、名のみ高く、これを実際に読みとおすことは常人には困難である。あの講談社文芸文庫ですら収録していない。それを坪内祐三が読み通し、雑誌初出と重ね合わせながら解説していく。坪内の長編評論としては、もっとも成功したものだろう。坪内の文章には「ジャジャジャジャーン」的な臭みがあるが、それを小島信夫が圧倒していくという感じである。なんで小林秀雄賞をとらなかったのか不思議である。


『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝 』(文春文庫)
長部 日出雄著

★★★★★太宰論・伝として最高傑作
太宰といえば奥野健男猪瀬直樹だが、実はこれが最高の太宰論・伝なのである。


『黒髪・別れたる妻に送る手紙 』(講談社文芸文庫)
近松 秋江著

★★★★★近松秋江伝が書きたい!
名作です。妻が書生と逃げたり、好きになった藝者を友人にとられたり、その友人は正宗白鳥だったり、さんざんです。情けなさ満載。


荒地の恋
ねじめ 正一著

★☆☆☆☆よそごと小説
実名小説である。詩人・北村太郎を主人公に、友人・田村隆一の妻と不倫の恋に落ちる、その経緯を細かく描いている。何か資料があったのだろうか。しかしいくら資料があっても、会話の細部まで分かるわけはない。だから想像であろう。いかにも面白そうな内容なのに、面白くない。人物や会話が、類型的だからだ。もう一つは、会話を細かく書きすぎているからだ。もし私小説であれば、再現された会話はもっとリアリティーを持つが、よそごと小説だと、それが出ない。昔の瀬戸内晴美も、よくこういう文人の恋愛を描いたが、しかし遥かに遥かに上手であった。瀬戸内なら、会話の量をもっと減らし、事実をして語らしめただろう。なるほど、小説が下手というのはこういうことかと納得した。中央公論文藝賞受賞。


『決壊』
平野 啓一郎著

★☆☆☆☆失敗作
いかにもな作としか言いようがない。犯罪小説としてとにかく壮大な小説にしようという意気込みが空回りして、ただドストエフスキー風の無意味な思弁がちりばめられ、90年代以来の犯罪のあれこれを混ぜ合わせただけの、犯罪小説としても中途半端なしろもの。つまらんです。藝術選奨新人賞受賞。


マドンナメイトゴールド 追憶の真夜中日記 24年間の記録 (マドンナメイト文庫)
睦月 影郎著

★★★★★天下の奇書か、現代のカサノヴァか、第二の田中康夫
著書紹介文ではオナニーの記録のように書いてある。1981年から2004年まで、25歳から48歳までの全射精の記録である。写真なら「写」、映像なら「映」のように略号で、一回一行ほどで書いてあるが、年間ほぼ300回を継続している。当初はいかにもしがない若者らしく写真やらテレビやらでやっており、実際に女体に触れての「実」は横浜あたりのトルコへ行くくらいなのが、30代を過ぎてから「実」がどんどん増えていく。当初はだいぶ年上の人妻などが多いのが、40代になると途中で結婚した超美女とかも加わり、壮観である。著者にはぜひ自伝的小説を書いて欲しいものだ。


『続 羊の歌わが回想』(岩波新書
加藤 周一著

★★★★★美男子で、しかし高潔な
東京の裕福な家庭に生まれ、古典的な教養を幼い頃から身につけ、東大医学部卒の医師であり、美男子でありまた才能豊かな加藤周一の、成年以後の自伝である。そこには、表題からは意外なまでに、女性関係の話が出てくる。京都にいる女と恋をしていた加藤青年は、イタリアで出会ったオーストリア人女性と恋におち、遂には京都の女に別れを告げる。しかもこれを綴る文章は、時おり西洋語的なジョークの口調を混じえ、高尚な教養を滲ませ、気障ととられても仕方がないのに、全体が静かな響きをもって、厭味である、として本書を一蹴させることがない。それは今日に至るまで、国家的褒賞を一切受けない加藤の高潔な魂が本書に流露しているからであろう。


『時が滲む朝』
楊 逸著

★☆☆☆☆史上最低の芥川賞受賞作
・・・の一つ、と言おう。漢語表現をそのまま使っているほか、変な日本語が散見される。中味にしても、何ら小説である必然性がなく、これなら、ドキュメンタリーかノンフィションを読んだほうがいいだろう。白英露とかいう女の描写も中途半端だし、「梅」とかいう妻に至っては、何も描かれていない。同人雑誌に載って埋もれていくべきレベルの「小説」である。


『運を引き寄せる十の心得』 (ベスト新書)
谷沢 永一著

★★★★☆国文学会裏面史
この題名ではもったいない、谷沢永一風雲録とも言うべきもので、谷沢ー三好論争の出発点とか、谷沢が東大に怨念を抱く理由とか、日本近代文学研究の内幕がぞろぞろ書いてある。日本近代文学に限らず、文学研究者必読の書である。


贈る言葉 (新潮文庫)
柴田 翔著

★☆☆☆☆ものすごく気持ち悪い
表題作について書く。これが「新潮文庫の100冊」だったなんて悪夢のようだ。東大生のカップルが、セックスをさせるかさせないかでむやみと気障な議論を繰り返し、結局しないのだが、とうてい現代において読まれるものとは思えない。逆に、そのような相手のいない男女にとっても、まったく縁遠い話である。気持ち悪いものを読みたい人にはお勧めである。

 とまあこういう感じで260冊(DVD含む)が紹介されている。なかなか参考になる書評集ではある。