山本弘の手紙(葉書)

 山本弘は結婚する前の33、34歳頃(1963年頃)脳血栓を患って、手足、口が不自由になった。加えてアル中だった。下記の葉書はすべて私がいただいたものだが、文字が読みづらいのはそのためだ。括弧内の年齢は当時の山本弘の年齢。

「私の事心配なら、現れない事です. 君と語るには酔はなきゃ話し会えない 山本」(消印:昭和43.6.30、38歳) 私はこの年の3月頃山本弘と初めて会った。私は19歳だった。いつも酒浸りで、そんな人に会ったのは初めてだった。私の自宅(実家)宛

「賀春 1969」(消印:昭和44.1.4、38歳) 上記と同じく実家宛。

「お元気ですか. 退院四ヶ月、断酒の上、自ら生活のソクバクの理念の中に幽閉して描いてます. 良い季節やって来ませんか。野底、山本」(消印:昭和51.5.8、45歳) 杉並区阿佐谷のアパート宛。「野底」は山本の住んでいたアパート近くを流れる野底川に因んでか。

「個展、本当に有難う、不真面目な人間の介入であんな結末で残念、君からのキャンバスで描きまくってる 元気で」(消印:昭和51.9.21、46歳)
 杉並区阿佐谷の別のアパート宛。山本弘亡くなる5年前、何かささいなことで怒るようになっていた。アル中が進んでいたと思う。