ヤマモモの実を食べる



 近くの公園にヤマモモが植えられている。珍しく雌木で赤い実がなっている。公園や並木では実が落果するのを嫌って雌雄異株の樹種はふつう雄木だけを植栽するので、実がなっているのを目にする機会はなかなかない。江東区亀戸駅前の十三軒通りに平行する裏通りにヤマモモの並木があるが、そこに1本だけおそらく誤って雌木が植えられている。やはり実がなる。
 そもそも高知県など南の地方特有のヤマモモの名前を知ったのは、前川文夫「日本人と植物」(岩波新書)だった。古代中国から日本に桃が入ってくる前は、桃といえばヤマモモのことだった。その名前を新参の桃に取られてヤマモモと呼ばれるようになったのだった。桃はバラ科、ヤマモモはヤマモモ科だ。全く別の植物だ。しかし古代人にとっては、丸くて赤い食べられる実がなることが共通していたのだろう。ヤマモモも果物として利用されていたのだ。
 高知県出身のKさんに伺うとなかなか美味とのことだ。一度食べてみたいと思ったら果物屋に並んでいた。早速買ったのだったが少しもうまくなかった。Kさんにその旨報告すると、東京で買ってうまいわけがない。あれは鮮度が大事なのだ。落果したのや木で完熟したのをすぐ食べなきゃいけない。バケツに水を張ってヤマモモの実を入れる。しばらくすると実に入っていた虫が飛び出す。それから食べるのだ。虫が入ってるのがうまいのだ。
 こっそりではなく、昼間近所の公園に行ってヤマモモの実を採ってきた。低いところの実はあらかた採られていて、高いところのものを工夫してやっと採った。熟してばらばら落ちてきた実でシャツに赤い汁が付いてしまった。直径が1センチくらいの小さな実。木イチゴの表面にも似たもっと小さな粒がたくさんついていて、サクランボのような種がある。甘酸っぱい味、わずかに苦み。小さな古代の桃。虫は入っていなかった。
 イザナギが黄泉の国へイザナミに会いに行き、醜く変わっていたイザナミを恐れて逃げ出したとき、鬼たちに追いかけられる。その時霊力を持った桃の実を投げて難を免れているが、この桃はすでに渡来した桃だ。ヤマモモではない。(桃が霊力を持つという思想も桃とセットで中国から渡来した)。すると、これらの神話が作られたとき、すでに桃が渡来していたのだ。それはいつ頃だろうか。古事記の完成よりずっと古いに違いない。