吉田裕『日本軍兵士』を読む

 吉田裕『日本軍兵士』(中公新書)を読む。副題が「アジア・太平洋戦争の現実」、先の戦争における日本軍兵士の実態を描いていて、それはそれは悲惨なものだったことを教えられた。今まで断片的には読んだり聞いたりしていたが、そのことに絞って書かれている本書は、自分の知識が半端なものだったことを改めて知らされたのだった。

 戦没者数のうち、戦闘による死者よりも戦病死者の方が多かった。日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数230万人のうち、餓死者数の割合を藤原彰は61%、秦郁彦は37%と推定している。相当大きな開きがあるが、いずれにしろ異常な高率だ。厚生省の調査でもフィリピン防衛戦の戦没者のうち、35~40%が戦闘によるもので、残り65~60%は病没、その半数以上を餓死だと見ている。その最大の原因は、制海・制空権の喪失によって日本軍の補給路が完全に寸断されたことから食糧不足が発生したためだった。

 さらに大量の海没死があった。太平洋戦争の海没死者数は35万8千人、それはアメリカ海軍の潜水艦作戦による。アメリカ海軍の魚雷の性能が優れていたこと、日本商船の暗号を解読していたこと、日本の輸送船の性能が劣っていたことなどによる。水中爆傷という恐ろしい戦傷もあった。海に投げ出されて泳いでいる時に潜水艦を攻撃するため投射・投下した爆雷によって、肛門からの水圧が腸内に波及して内部から腸管を破ったことによる腸管破裂だ。腹部の激痛を訴えて号泣し口から血痰を吐いていた。

 特攻隊の戦死者も3,848人いたが、戦果はあまり挙がっていなかった。それはアメリカ軍の対策強化によるという。

 また戦陣訓によって捕虜となることを禁じたため、自力で後退することのできない傷病兵を軍医や衛生兵が殺害し、あるいは彼らに自殺を促した。

 日本の陸海軍も日米の経済格差、国力の格差、戦闘力の格差は認識していた。それで長期戦を回避し、短期決戦、速戦即決を重視していた。戦闘をすべてに優先し、補給、情報、衛生、防御、海上護衛などを軽視した。陸軍は食糧を後方から補給せずに「現地徴発」を基本方針とした。これは略奪だった。さらに火力や軍事技術の革新などに大きな関心を払わず、極端な精神主義を重視した。戦争が長引けば不利になることは予測済だったのに。

 さらに悲惨な事実が次々に紹介される。読んでいて本当に嫌になる。

 日本軍兵士について、ここまで具体的にその悲惨な状況を読んだことがなかった。そういう意味で吉田裕の仕事は極めて貴重で重要なものだ。他の著作、『昭和天皇終戦史』(岩波新書)、『日本人の戦争観』(岩波現代文庫)、『アジア・太平洋戦争』(岩波新書)も読んでみたい。著者の専攻は、日本近現代軍事史、日本近現代政治史とある。

 

 

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

  • 作者:吉田 裕
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 新書