武満徹の《系図(ファミリー・トゥリー)》という曲

 武満徹が亡くなった後、小学館武満徹全集を企画した。それを機に全集編集長の大原哲夫が武満に関係の深かった15人にインタビューし、まとめたものが「武満徹を語る 15の証言」(小学館)だ。15人は、横山勝也、小泉浩今井信子篠田正浩、宇野一朗、池辺晋一郎岩城宏之観世栄夫、奥山重之助、粟津潔、紀国憲一、リチャード・ストルツマン、ピーター・グリリ、林光、ピーター・サーキン(ゼルキン)だ。
 ここで何人かが武満晩年の作品《系図(ファミリー・トゥリー)》について語っている。これはちょっと不思議な曲だ。

池辺晋一郎に聞く。

大原哲夫  初期の作品から晩年の作品まで武満さんは基本的なところでは何も変わらなかったように思いますね。
池辺晋一郎  武満さんほど、例えば、それこそ、《ロマンス》や《二つのレント》のあの時代から最後の作品に至るまで、本質的に変わってない人はいないですね。(後略)
大原  でも、ご本人は、次は違うものを書くんだ書くんだとおっしゃっていたそうですけれど。
池辺  うん、そうですね。
大原  でも、同じでしたね。
池辺  同じです。それで、《系図(ファミリー・トゥリー)》なんて、すごく調性があって、すごくきれいなメロディーが出てきて、ものすごく、ある意味ではコンセルバトリーなんだけれど、そういうものと、もっと前の時代のものとも同じですね。
(中略)
大原  池辺さんは、武満さんの曲で、お好きな曲は何なんですか。
池辺  ある時期だと、《テクスチュアズ》とか、《アステリズム》かなぁ。もうちょっと後だと、《カトレーン》も、すごく好きだったし。それから、最後のほうだと、やっぱり愛着があるのは、《系図(ファミリー・トゥリー)》ですね。なぜかというと、《ファミリー・トゥリー》を初めて聴いたときに、あれっと思ったのは、その少し前に、僕が指揮して録音したジム・ジャームッシュの映画の音楽と同じだったんですよ。それは、ジムが使わなかったんですけどね。何て言ったっけ、タクシードライバーの話。
大原  幻の映画音楽となった『ナイト・オン・ザ・プラネット』ですね。
池辺  (前略)スタジオで、見事に書かれた武満さんのフル編成の大きなオーケストラの楽譜を見たときに、ジャームッシュはびびったんじゃないかと僕は思うんだけど、結果的にはそれをダビングしかけて、これじゃあ映像が負けちゃうと思ったみたいですね。で、全部外しちゃったんですよね。武満さん、怒ったみたいです、すごく。だけど、武満さん、怒ったけど見事にそれを《ファミリー・トゥリー》として復活させたわけですよ。

岩城宏之に聞く。

大原  (《波の盆》は)武満さんの曲の中でもきわめつきに美しい。私はあの曲に関しては、岩城さんの演奏じゃないと耳に入ってこないんですよね。
岩城宏之  実はね、とても恥ずかしいことを言うと、そういうことはまず一生で、今までこれしかないんだけど、ちょっとほろって泣いちゃったんですよ。あのCDを録音したときにね。だから、《波の盆》は、ぼくの大好きな曲です。そう、あともう一つほろってしたことがあります。それは舞台の上でですけど、2002年にアンサンブル金沢用に小編成版の《系図(ファミリー・トゥリー)》を演奏したとき。一番最後に吉行和子さんが語りを終えて、最後のC-durになった。お恥ずかしいけどそのとき本番で生まれて初めてほろっとした。そのふたつですね。武満さんの曲以外では泣いちゃったことないですね。

林光に聞く。

大原  晩年というか、後年は、ロマンティックな感じになりましたね。
林光  それは多くの人が言っているように、僕も必ずしも全部の曲がいいなとは思えないです。例えば子どもの語りが入っている曲、《系図》か、あれはよくわからない。よくわからないということは、わかり過ぎちゃって、武満が書かなくちゃならない曲のようには思わないしね。

 そうか、《系図(ファミリー・トゥリー)》はもともと映画音楽のために作られた曲だったのか。それで何か淡々と続き、歌でなく語りが重ねられているのか。谷川俊太郎の詩集「はだか」からの詩を少女がマイクを使って朗読するものだ。この詩がいい。
 谷川俊太郎詩集『はだか』(筑摩書房)から、この曲で朗読された詩の一つ、「おとうさん」

  おとうさん


だれのかおもみずにおとうさんは
まっすぐまえをみてごはんをたべている
ごはんのゆげでめがねがくもっているので
おとうとがそういったら
うんとこたえてめがねをしゃつのすそでふいた
おとうさんがなにをかんがえているのか
わたしにはわからないけれど
わたしのことではないとおもう
おとうとのことでもおかあさんのことでもない
なにをかんがえているのときけば
べつにというにきまってる
まえにおとうさんのこどものころのしゃしんをみた
ひろいのはらのまんなかにたって
まぶしそうにのはらをみあげていた
いまでもときどきにたようなかおをする
おとうさんのはしがさといもをつまんだ
くちをあけたらおくのきんばがみえた
おとうさんずっといきていて

 詩集は佐野洋子の絵が描かれている。この絵もいい。

武満徹を語る15の証言 (「武満徹を語る」インタビューシリーズ)

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