渡辺保によるスタニスラフスキー著「俳優の仕事」の書評

 渡辺保スタニスラフスキー著「俳優の仕事ーー俳優教育システム」(未来社)の書評を書いている(毎日新聞2008.11.16)。

 この本には四つの側面がある。
 第一に、俳優教育のテキスト。(中略)
 第二に、演劇の入門書として。(中略)
 第三に、身体論あるいは一般的な芸術論として。(中略)
 第四、人間の潜在意識を発見したのはフロイドであった。スタニスラフスキーもそこに注目して俳優の方法を科学化した。(中略)
 以上四点。この四点を前提にしてさらにもう一つ重要なことが明らかになる。それは東西の文化の伝統の違い。たとえば日本の古典演劇では「腰」をもっとも重要視する。腰の安定によって俳優はさまざまな役に変身するからである。しかしスタニスラフスキーはほとんど腰に触れていない。彼の目指しているのは、俳優が素に近い人格の姿で舞台に現れて観客の前で変身を見せることではなく、観客の前に現れた時すでに登場人物の精神生活を生きていなければならないからである。そこに日本の「芸」と西欧の「演技」の違いがある。この違いの認識は今日の演劇界でも十分ではない。この本の重要性はその東西の文化の相違を鮮明にしているところにある。そこがこの本の五番目の、しかしもっとも重要な点であり、問題は一演劇をこえて文化の伝統そのものに及ぶのである。

 スタニスラフスキーの方法は旧ソ連のみに留まらず、ニューヨークのアクターズ・スタジオでも採用された。Wikipediaによれば、ここで多くの俳優が学んだという。それは、アル・パチーノ、ジェームス・ディーン、ジェーン・フォンダジャック・ニコルソンスティーブ・マックイーンダスティン・ホフマンテネシー・ウィリアムズポール・ニューマンマーロン・ブランドマリリン・モンローロバート・デ・ニーロブラッド・ピットらと、まさにスターたちの名前が列挙されている。ハリウッドもすっかりスタニスラフスキー・システムに染まっているのだ。