ピアニストが読む音楽マンガ

 青柳いづみこはクラシックのピアニストにして文筆家だ。CDより著書の方が多いのではないか。青柳いづみこ「ボクたちクラシックつながり」(文春新書)は副題が「ピアニストが読む音楽マンガ」で、「のだめカンタービレ」や「ピアニストの森」に即してピアニストや指揮者の実態を教えてくれる。初見が得意なピアニストは暗譜が苦手とか、巨匠といわれたピアニストの癖、ピアノ・コンクールの意味、コンサートのプログラムの選曲等々。
 そしてあまり語られることのない音楽家の経済も。

(略)レコード店のクラシックの棚はどんどん片スミに追いやられ、クラシックを置いてくれない店も増え、この頃では200〜300枚のオーダーなんだそうです。でも、千枚はプレスしないとモトがとれないので、残りはアーティストが買い取らなければなりません。買い取ったCDはお弟子さん相手にさばくか、コンサートのときにサイン会を開いて売ります。国内外のコンクールで入賞し、有名音大で教鞭をとる演奏家でさえそうなんですよ。
 コンサートも、自主公演が多いです。ナントカ新聞社主催……と銘打たれている冠コンサートですら、名義貸しだけというケースもあります。名前を言えばクラシック通なら誰でも知っていて、オーケストラの定期演奏でよく名前を見かけるピアニストでも、本当に自分の弾きたい曲目でのリサイタルはホールを借り切ってのリサイタルだったりします。つまり自分で諸経費を負担し、自分でマネージャーを雇い、赤字が出た場合は自分でかぶるのです。
(中略)
 自主公演&CD買い取りピアニストには、大変なお金がかかります。ホールの規模にもよりますが、キャパ500〜700名のホールでリサイタルを開くとすると、かかる費用はホール代、楽器代(含調律代)、チラシ、プログラムなどの印刷代、マネージメント代行手数料などで計200万円ぐらい、チケット代を1枚4,000円としても、招待席のぶんを差し引いて、満席でもトントンというのがこの世界の常識です。つまり、公演では儲からないのです。
 CDはたいてい赤字です。私の「水の音楽」の場合、500枚の買い取りが条件でした。アーティストに卸す価格は定価3,000円の3割引ですから、ほぼ百万円。ところで、いただく印税は3%(本を書くときは10%ですが、レコード印税はたいてい2、3%)ですから、1万枚ぐらい売れないとトントンにすらならないという計算です。
(中略)
週刊東洋経済」の記事には、クラシックの音楽家の経済学が数字としてあらわされています。2006年度の学校基本調査によれば、音楽学部・学科入学者は計6,016人。そのうち、国公立大学は431人、私立大は4,329人、短大は1,256人となっています(こんなに音大生が多い国ってあるでしょうか?)
 学費は東京芸術大学音楽学部の場合、4年間で300万円弱ですみますが、私立音大では約1千万円かかるそうです。
(中略)
週刊東洋経済」には、日本のクラシック演奏家の年収ピラミッドも載っていました。日本音楽コンクール優勝、あるいは海外の有名音楽コンクール上位入賞者レヴェルで、1公演あたりのソリストの取り分は、マネージメント代、源泉税をさしひくと税込み(ママ)50万円前後だそうです。コンスタントに公演があるソリストはほんの一握りなため、演奏による年収が1千万円を超える売れっ子アーティストはたったの数十人。一流オーケストラと共演したりサントリーオーチャードホールでよく名前を見かける方々ですね。
 300万から1千万円までのアーティストは1,500人、N響以外のメジャーな交響楽団の団員もこのカテゴリーに入るそうです。経済的に自立できる最低の年収である300万円以下が5,000人。フリーのアーティストや小さなオケの団員がこの中に入ります。もちろんこれだけでは生活していけないので、個人レッスンや音大の非常勤講師をかけもちして生計の足しにします。さらに驚くなかれ、ほとんど収入ゼロの人が2万人もいるとなっています。

 面白いこと請け合います。ぜひ一読を!