朝日新聞のコラム「ひと」欄に「7本指のピアニスト 西川悟平さん(40)」という記事が紹介されていた(8月19日)。渡世の義理を何度も欠いて、指を3本も詰められたのかと思ったら、左手は病気で指が2本しか使えないというものだった。
左手は、親指と人さし指しか動かない。だから左右7本の指でクラシックの旋律を奏でる。時に腕を交差させ、右手で左手を補う。和音はずらして弾き、ペダルを使って響かせる。米国でピアニスト活動を続ける。
大阪府堺市出身。15歳でピアノを始めた。(……)音大の短大部で学び、公演の前座を務めた米国のピアニストに誘われたのがきっかけで、1999年、ニューヨークへ移った。
異変が起きたのは2年後、演奏中、突然指がこわばり、内側に曲がる。次第にほかの指も動かなくなった。神経系の病気ジストニアだった。「医師には『一生ピアノは弾けない』と言われた。(……)」(……)リハビリを重ね、独自の奏法を探した。
今もピアノを教えながら、日米の演奏会や、治療法確立のための慈善公演に出演する。今春、日本で自叙伝「7本指のピアニスト」を出した。(後略)
これはアメリカの著名なピアニスト、レオン・フライシャーと同じ体験だ。病気の名前は正しくはフォーカル・ジストニア、局所ジストニアとも言う。楽器演奏者ばかりでなく、様々な職業の人に発症する。銀行員の例では、判子を押そうとすると、手首が上に反って判が押せなくなる障害も報告されているという。レオン・フライシャーも長くこの病気で苦しみ、ようやく35年ぶりに演奏会を再開し、2009年に来日して東京でリサイタルを開いた。その映像をNHKテレビで放映したのを見たことがある。シューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960を弾いていた。
私も同じ病気を持っている。私は万年筆を使うときだけに発症する。万年筆で文字を書こうとすると右手の人さし指が内側に強く曲がってしまい、ちゃんとした文字が書けなくなってしまう。万年筆以外のボールペンやサインペン、鉛筆ではそのようなことは起こらない。通院していた防衛医科大学の外科部長の先生は、ボールペンで発症する人は多いが、万年筆で発症する事例は珍しいと言われた。普段使うのはボールペンだが、画廊を回ってサイン帳に記名するときだけ万年筆を使っていた。それでも年間2,000回は記名していたので少なくはないかもしれない。面白いのは、名前を書くとき姓の最初の一文字の途中までは普通に書けるのだ。あれ、万年筆を使っているぞと、脳が少し遅れて気づいたみたいに、一文字めの途中から指が曲がって文字がゆがんでしまう。
文字をゆっくりゆっくり書くと発症しないのだが、あきらめて万年筆を使うことをやめてしまった。まあ、万年筆が使えなくても楽器の演奏家たちと違って、特に困るというものではないから。