『ママはなんでも知っている』を読んで

 ジェイムズ・ヤッフェ『ママはなんでも知っている』(ハヤカワ文庫)を読む。8篇を集めた連作短篇集。ニューヨーク市警の殺人課に勤めるデイビッド刑事が、毎週金曜日妻を連れて母親ママを訪ねて夕食を共にする。そのとき、捜査中の事件を息子に話させ、夕食のテーブルに座ったまま、ママが事件を解決する。
 いわゆる安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)ものだ。解説の法月綸太郎によれば、このジャンルはM・P・シールのプリンセス・ザレスキー、バロネス・オルツィの「隅の老人」、ハリイ・ケメルマンのニッキイ・ウェルト教授、アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」あたりが代表格とのこと、どれも読んだことがなかった。
 毎回ママが息子刑事の推理を覆して、見事に謎を解いてくれる。ママが推理だけで事件を解決するという構図はいつも同じで、ある種マンネリなのだが、それを毎回楽しむことができるのは、解説の法月が言う「会話劇としてよく練られている」、「事件の登場人物の心理に同化するママの反応が、毎回工夫されているから」。
 日本でも池波正太郎の「剣客商売」シリーズのように、マンネリそのものを楽しむ娯楽小説がある。同じように楽しめばよいのだろうが、実際楽しく読むことができるのだが、ママに関してはこれ1冊読めばもうよい気もする。
 ハヤカワ文庫の6月新刊だが、もともと1977年にハヤカワ・ミステリとして出版されたもので、原本はアメリカでは1952年から1968年にかけて発表されている。だから少々古いのはやむを得ない気もするが、ちょっと前に読んだ結城昌治『ゴメスの名はゴメス』は、初版が1964年に発行されているにも関わらず、ほとんど古びていない印象だった。ヴェトナムを舞台にした日本人スパイの物語で、見事な作品だった。


ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ゴメスの名はゴメス (光文社文庫)

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