青柳いづみこ『ショパン・コンクール』を読む

 青柳いづみこショパン・コンクール』(中公新書)を読む。とても楽しい有益な読書だった。ピアニストで文筆家の青柳いづみこが2015年のショパン・コンクールのことを書いている。それも実況中継を聞いているような面白さだ。
 青柳はリサイタルも行うプロのピアニストで、また音楽に関する著書も多く、とくにピアニストについて書く時は演奏の具体的な内容ばかりでなく、運指やペダルの使い方まで実に専門的なことまで教えてくれる。
 予備予選に続いて、ショパン・コンクールの歴史、第1次予選、第2次・第3次予選、グランド・ファイナルと追いかけ、コンクールが指導者たちのコンクールでもあること、チャイコフスキー・コンクールなど、各地のコンクールとの比較やコンクールの未来、日本の未来まで語っている。
 青柳はショパン・コンクールの公式ジャーナリストに選ばれたので、審査の全工程を聴くことができた。審査員席を見下ろす上の階から見ていると、気に入ったコンテスタント(コンテスト参加者)では審査員が指でリズムを取っていたり、逆に気に入らなかったときは隣りとおしゃべりしていたり居眠りをしている人までいた。
 第3次予選の中国系アメリカ人、ケイト・リウの演奏について、

 中国生まれの女性ピアニストになぞらえて「カーティスのユジャ・ワン」と呼ばれるだけあってテクニシャンだ。長い指を鍵盤にすべらせるだけでほとんどなんでも弾けてしまう。『即興曲第3番』には重音のパッセージが出てくるが、オペラグラスで観察していたら、指でレガートせず、全部飛ばしながらペダルでつないでいた。普通はバタバタしてしまうところだが、よほど各関節が柔らかいのだろう。

 第2位になったアムランの演奏について、

マズルカ作品33』もすばらしい演奏だった。他のコンテスタントがルバート、つまり時間の変化で表現するところを、アムランは音色の変化で勝負する。2番では、澄んだ透明な響きとさりげない転調。3番では舞踏の賑わいと凄味のある装飾音。4番では、哀しい短調ともっと哀しい長調の交錯。極端にフェードアウトした後の再現部がまことに印象的だった。ロ短調の和音に人生のすべてが集約されているような気がした。

 優勝はチョ・ソンジン、第2位がシャルル・リシャール=アムラン、第3位はケイト・リウだった。審査員の採点表についても青柳は一言述べている。フィリップ・アントルモンが優勝者に10点満点の1点をつけていた。ちょっとの違いで入賞を逃したり、音楽観の違いで評価が正反対になったりの例を詳しく分析している。
 コンクールの優勝者と言っても、何も絶対的なものではなく、1次予選で落ちたコンテスタントにも優れたピアニストがいたのだ。そんなことも教えられた。とにかくきわめて面白い読書だった。次のショパン・コンクールは2020年になるが、また青柳が書いてくれたら面白いだろう。
 青柳の書いた本は外れたことがない。