加藤周一『「日本文学史序説」補講』を読む

 加藤周一『「日本文学史序説」補講』(ちくま学芸文庫)を読む。加藤の代表作にして名著『日本文学史序説』の文字どおりの補講=補充のために行う講義を活字に起こしたもの。少々難解な『日本文学史序説』に対して、これは講演録なのでずっとやさしい。白沙会主催の学習会で、あらかじめ会員から質問を提出し、それに加藤が答えるという手順を取っている。「文学」の定義、「歴史」の定義、「日本」の定義から始まって、『序説』に関連した質問が並びそれにていねいに答えながら、さらに敷衍していく。『序説』は最初『週刊朝日ジャーナル』に毎週連載したとかで、執筆は大変だったという。
 さて、特に興味深かった「琳派の絵画革命」について、

 琳派の画家はたくさんいますが、偉い人は3人です。16世紀の宗達、100年経って光琳、また100年経って19世紀に抱一。あとはたいしたことはない。3人のあいだには時代の違いが当然あるわけですが、どこがいちばん違うかというと、宗達はいまいったこと(=絵画の写実的な要素と構造的・抽象的な要素の関係を意識的に問う)を日本ではじめた人ですからセザンヌみたいなもので、大天才です。

 宗達は平安朝から続いている貴族的な要素と、鎌倉から入ってくる武士の新しい要素との、2つの階級の文化的緊張関係のなかに生きていた。光琳は町人文化の成熟期だからたいへん楽天的だった。抱一は殿様の弟で、町人になりたいと思っていた。抱一は武士でも町人でもない孤独な〈個人〉だと加藤は言う。「その神経は鋭敏、宗達の緊張感とは違った種類の、むしろ神経的に鋭敏、ほとんどナーヴァスな感じです」。
 宗達光琳、抱一の3人だけが偉いというのはその通りだろう。鈴木基一は、はっきり彼らより落ちると思う。
 このような魅力的な言説が次々と語られている。加藤周一こそ、大知識人と言われるに相応しい人だ。この人と同時代に生きたことは幸せだった。また『序説』を読み直し、著作集を読んでいこう。
       ・
加藤周一「日本文学史序説」からの抜粋(2009年4月10日)