ギャラリーゴトウの森本秀樹展を見る

 東京銀座1丁目のギャラリーゴトウで森本秀樹展が開かれている(10月13日まで)。森本は1951年、愛媛県宇和島出身。ギャラリー汲美をはじめ、ギャラリーゴトウ、小田急デパートのギャラリーなど数多くの個展を行っている。今回、平塚市美術館副館長の土方明司がテキストを寄せている。土方はまず、民族学では「記録の文化」と「記憶の文化」というアプローチがあり、前者は文献資料を丹念に渉猟する方法だが、後者は現地に赴き人びとの記憶の古層にしまい込まれたものを丹念に引き出す、という。それは生活者の視点だという。続けて、

 絵画にも「記憶の絵画」と呼べるものがある。例えば香月泰男の戦前期の一連の作品、遠い少年時代を夢幻的に描いた作品群は、画家の記憶の原点なのであろう。(中略)森本さんの作品もまた「記憶の絵画」といって良いだろう。子どものころ目にした宇和島の情景が、記憶のフィルターを通して浮かび上がる。そこには、視覚的なイメージだけではなく、季節の移ろいを知らせる匂いや、普段何げなく耳にしていた風や虫、鳥たちが奏でる響きも込められる。丹念に、ゆっくりと、時間をかけて掬われたこうした記憶の断片は、偽りの無い、純度の高い映像を結ぶ。記憶の結晶。過去と現在を往還することで生まれるその世界は、微光に満ち溢れ、影が消えた、うつつを超えた世界だ。森本さんの作品がみる者の心に届くのは、遠い記憶の情景への絶え間ない働きかけがあるからだろう。そこには、計算されたフォルムや色彩からは生まれない、「記憶の絵画」ならではの深い心理的な陰影が揺曳している。(後略)

 土方の評は森本の作品の魅力の大方を言い尽くしているだろう。ノスタルジーとか叙情という言葉で言い換えることもできるかもしれない。しかし森本の作品には、それらの言葉ではこぼれ落ちるもの、回収しきれないものがある。それは、まず森本の作品の魅力的な筆触だ。画面を塗りつぶさない、筆触をはっきりと残す描き方。そして美しい色彩。

宇和島ブルース」

「黒い壁」
 2点の100号の大作が森本の2つの傾向を代表している。その一つ「宇和島ブルース」は、記憶を組み立てコラージュのように造形した作品。森本が少年の頃亡くなった戦時中特攻隊員だった父や長寿を全うした母、宇和島の景物などが、記憶のように夢のように画面を形作っている。
 もう1点の「黒い壁」には具体的な形象は描かれていないように見える。ほとんど抽象的な形態や線や筆触だけから成り立っているかのようだ。これは森本が長年見慣れてきた黒い壁だという。その意味でやはり記憶の絵画ではあるが、むしろ見慣れた壁というのは制作の動機ではあるものの、それをきっかけにした抽象表現主義的な作品だろう。しかし抽象表現主義の作品とは異なり、その先に豊かな展開が予測されるものだ。抽象的な形態や線や筆触とはいえ、具象的な「もの」と断絶してはいない。
 もう20年近く森本の作品を見てきた印象で言えば、森本は深化していると思う。村井正誠も、猪熊弦一郎も、鉄斎も70歳を過ぎて大画家になった。61歳の森本に対して、作品がさらに向上していると言っても失礼には当たらないだろう。



       ・
森本秀樹展
2012年10月1日(月)−10月13日(土)
11:30−18:30(最終日16:30まで)
会期中無休(日曜 12:00−17:00)
       ・
ギャラリーゴトウ
東京都中央区銀座1-7-5 銀座中央通りビル 7F
電話03-6410-8881
http://www.gallery-goto.com