濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』を見る

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 濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』を観る。映画を封切の初日に見たのは初めてのことだった。TOHOシネマズ錦糸町オリナスの8つある一番客席の少ないNo.8スクリーンで、観客は半分も入っていなかったと思う。

 原作が村上春樹の短篇集『女のいない男たち』から「ドライブ・マイ・カー」と「シエラザード」、「木野」を合わせて作っているという。本書は数年前に一度読んだがほとんど覚えていなかった。

 芝居の演出家を演じる西島秀俊が、広島の演劇祭に招かれてチェホフの「ワーニャ伯父さん」を演出する。出演者をオーディションで選び、アジア各国の俳優が参加する。俳優たちはみな自国語で台詞を喋り、韓国からは唖者で話せなく手話で参加する女優もいる。

 西島はもう15年乗っているという愛車のSAAB900ターボで広島まで行ったが、主催者より準備の段階から事故がないようにスタッフもキャストも運転しないようにと言われる。その代わり主催者が運転手を用意した。まだ若い女性の運転手三浦透子だ。西島は最初彼女に運転を任せることを躊躇するが、三浦の運転技術は優れていて安心して任せるようになる。この古いSAAB900ターボがとても印象的だ。

 「ワーニャ伯父さん」の稽古が進む。実は2年ほど前に西島は妻の霧島れいかクモ膜下出血で亡くしていた。彼女を助けられなかったことを悔やんでいる。運転手の三浦にもかつて母を助けられなかった過去があった。

 チェホフの芝居の稽古が続く。ラストもその本舞台のシーンだ。チェホフの芝居のすばらしさを再認識する。「かもめ」「三人姉妹」「桜の園」「ワーニャ伯父さん」、チェホフの芝居はあちこちの舞台で何度も上演されているし、さらに様々な劇作家たちが劇中劇として取り上げてきた。どんな場所で何度見てもチェホフはすばらしい。

 冒頭で西島と妻霧島れいかの性愛のシーンがあり、それがとても良かった。下品にならずしかもリアルで、美しかった。こういうシーンの下手な吉田喜重監督に見せてあげたいと思った。

 3時間の長尺ものだが途中少しもだれることなく、緊張して観ていられた。はじめネットで予告編を観たとき、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ17番「テンペスト」の第3楽章が流れていて、それを聴いて観たいと思って初日に駆け付けたのだった。

 もう一人の重要な俳優岡田将生の演技は優れていたが、ナンパ師で乱暴で繊細という性格に合わない気がした。三浦透子は美形でもないし、終始感情を顔に出さない設定なのであまり興味が湧かなかったが、途中から強く印象に残り、最後はファンになってしまった。

 大変満足して映画館を出たのだった。