横尾忠則・保坂和志・磯崎憲一郎の鼎談『アトリエ会議』(河出書房新社)を読む。3人が横尾のアトリエに集まって鼎談しているのを会議と呼んでいるもの。しかしながら、むしろ雑談と言った方が正確だ。テーマなどはなく、3人が気ままに喋っている。横尾は1936年生まれの画家、保坂は1956年生まれ、磯崎は1965年生まれの作家たちだ。2015年の2月と4月、そして7月と9月の4回横尾宅に集まって喋り、「会議」の後、2回ほどアフタートークと称してレストランかどこかで続けて喋っている。編集者がいて録音しているが聴衆はいない。
2月と4月と9月の分が雑誌『文藝』に掲載された。
磯崎 今回の「文芸」は何特集なんですか?
保坂 特集なんて気にするなよ。そんなことどうでもいいよ(笑)。
磯崎 (笑)。はい、どこにも縛られない会話が大事ですね(笑)。
3人とも勝手気ままに喋っている。それでもところどころ面白いところがある。
磯崎 僕は性的な夢をいまだにけっこう見るんですよ。
保坂 けっこうって、どれくらいの頻度なの? 僕は年に2、3回だな。
磯崎 もっと見ますよ。
保坂 余韻はすごいよね。朝起きたときの幸福感(笑)。また睡眠に戻りたい。
横尾 相手が具体的に知っている人だったり、どこの誰だかわからない人の場合もあるよね。
磯崎 ありますね。
保坂 あれ? 俺はいつも知ってる人だよ。
横尾 同じ人?
保坂 同じじゃない。
横尾 決まったパートナーがいると面白いよね。夢でしか会えないのに名前もつけちゃったりしてさ。
磯崎 ボクの夢の中で会う女性はすごい美人なんです。夢の中では知っている人として会っているんですけど、起きちゃうと誰だか分からない。
磯崎が何度も見るのはこの中で一番若いから、そのことはよく分かる。私も大昔未経験の若い頃は、成就寸前で目が覚めてしまった。大人になってからは正確な意味でsexにまで至っているが、さすがに夢精することはない。
テレビについて。昔は映画は東大出身などの秀才がやっていて、テレビは官僚になる試験に通らなかったような人間が作っていたから面白かったと保坂が言う。
保坂 ……他の世界にいきそびれたやさぐれた人がテレビに入っていくわけで、同じ時期映画界は東大出の人が官僚になるより難しい関門をくぐって入った。だから映画はダメになって、試験が通らなかった奴がいってテレビがよくなった。今はテレビ業界が難関になってテレビがダメになっているけどね。
横尾 今はお笑い系にのっとられてしまっているから、面白くも何ともないね。
保坂 だいたいお笑いというのはお笑いというジャンルなんだけど、笑えないんですよね(笑)。どこで笑えばいいのかわからない。
横尾 出ている人たちが笑っているだけでしょう。……
熊谷守一について、
磯崎 横尾さんは熊谷守一が嫌いだっておっしゃってましたよね。
横尾 熊谷守一は変な人だよね。
磯崎 変な人ですよ。家から出なかったんですよ。
横尾 つかみどころがないというかね。僕は好きだけども嫌いだね。
磯崎 あの絵は狙って描いているように見えますか。
横尾 そうですね。早い時期に様式を確立して、そのワク内からはみ出さない。
保坂 狙っているというか、つくり込んでいる絵ですよね。シンプルにシンプルにつくり込む。
磯崎 若い頃は息子さんが死んだ絵を描かれてますけど、あれは後の熊谷守一とは全然違う。
横尾 その後が単純化して様式的になってくる。一度様式をつくってからは死ぬまであればっかりでしょう。変化がないんですよ。どんどん崩れていったり、そういうのがない。家の地所から25年間、一歩も出なかったことと同じ。
やっぱり雑談で1冊の本にまとめるというのは無理がある。横尾か保坂か磯崎の濃いいファンでなければ買わないのではないか。そしてこれを買おうと言う濃いいファンは3人合わせてもそんなに多くはないのではないか、と余計な心配をしてしまう。編集者は何を考えているのだろう。