日頃お世話になっているKさんから、先祖代々伝わる尊円法親王の書についてその真贋を確かめる手だてはないだろうかと相談された。
尊円法親王は鎌倉〜南北朝の人。伏見天皇の第六皇子で出家してこの名で呼ばれた。また青蓮院とも。
書の大家で青蓮院流の祖だと言う。
始め東京国立博物館へ行った。本館入り口の受付の女性に書を鑑定してもらいたいので学芸員に会いたいと言うと、鑑定のためには学芸員は会いませんと断られた。寄付を前提としたときだけ会って鑑定しますと言う。
これには感心した。なるほど、学芸員が簡単に会ってくれてこれは本物ですとお墨付きをくれればいっぺんにお宝になってしまう。日本の官僚組織も捨てたものではない。
ただこれでめげるわけにはいかない。再度、学芸員が会ってくれないならどうやって真贋を鑑定したらよいかさっきの女性に相談した。
一流の骨董商に見て貰えばいいと言う。一流の骨董商を知らないがと言えば、一流のホテルに出店している骨董商なら大丈夫だと言う。
ほかに方法はないかと問うと、あとは小松先生に相談すればと。
小松先生とは小松茂美先生かと聞くとそうだと言う。
小松茂美先生は昔岩波新書の「手紙の歴史」を読んだことがある。分かち書きとか、「様」の異字を次々にあげてこの字は身分が何等上の相手に出す場合、これは何等上等々、古い書についての該博な知識に驚かされたことがある。
早速小松先生に手紙を書き書の写真も同封すると程なく返事を頂いた。ワープロながら手紙の天地左右に割り印が押してあり、筆で署名されている。
尊円法親王の書にほぼ間違いないでしょうとある。ただ当時弟子も師の書をお手本にしたので弟子の可能性もある。
署名落款がないので高く売ろうなどと考えずに博物館へ寄付するのがよいでしょうとあった。
Kさんにその手紙を差しあげると大喜びされて、東京国立博物館に寄付を申し出られた。
寄付が前提なので学芸員が会ってくれて、ほぼ本物に間違いないでしょうと収蔵してくれることになった。
翌春の新収蔵品展に「伝尊円法親王書、K氏寄贈」として展示された。
後日このことを義父に話すと、お前は無知だからそんなことができるのだ。
小松先生と言えば平家納経を研究した古筆学者でその世界の天皇だと言われた。
小松先生は最近450ページもある中公新書「天皇の書」を出版された。