スタニスワフ・レム『完全な真空』(河出文庫)を読む。今日9月12日はスタニスワフ・レムの誕生日、1921年生まれだから生誕100年になる。
本書は奇妙な短篇集で、すべて架空の本の書評集という体裁だ。350ページに16篇が収録されている。書評としても短くはない。さまざまな本を取り上げて評論しているが、レムにとってあり余るアイデアをすべて執筆するのは物理的に不可能だから、このような体裁を採用したのだろう。
1989年に国書刊行会から単行本が発行され、本書はその文庫化として31年ぶりに昨年出版された。
SF評論家の大森望がレムの「高い城」について評した言葉、
……SFは可能性を秘めているが、SFファンは莫迦ばっかりでろくに世界文学も読んでないから新しい価値を理解できず、SFに革命的な変化が起きる確率は低いだろう(本書収録の「SFの構造分析」の結論を勝手に要約)みたいな嫌味もそこから導かれてくるわけで、まあ、たいへんなおっさんですわ。きみ、頭よすぎ。
「きみ、頭よすぎ」の評がよく分かる。本書に収録されている、アーサー・ドブ著『我は僕(しもべ)ならずや』はパーソネティクスを扱っている。パーソネティクスとはコンピュータの中にプログラムされた知性で、コンピュータの世界に生まれ、その中でのみ成長する生物(パーソノイド)の世界を表している。これらの生物の環境は時間の流れの次元を有していて、その流れの速度は実験者によって任意に制御される。この速度は最初期(いわゆる「創世始動期」)において最大で、われわれの数分が数十億年に相当し、その間に人工宇宙の数々の一連の再組織化と結晶化が達成される、という。この宇宙は完全に無空間的であり、いくつかの次元を備えているとはいっても、その次元の性格は純粋に数学的なもので、客観的にはまるで「仮想的」なものであるようにしか見えない。これらの次元は単にプログラマーによる公理系決定のある結果にすぎず、その次元は彼に依存している。
このように設定された世界でパーソノイドたちに生まれる神や世界観が記述される。レムはこうして、人間や世界の根源的な意味のシミュレーションを行っていく。レムはもう単なるSF作家ではない。
本書には様々なアイデアの著書が紹介され、いずれもがちゃんと執筆されればそれだけで優れた仕事になるようなものばかりだ。レムには他に『虚数』(国書刊行会)という架空の本の序文集というとんでもない本がある。
「まあ、たいへんなおっさんですわ。きみ、頭よすぎ」。
国書刊行会が9月下旬から再び「スタニスワフ・レム・コレクション」第Ⅱ期を刊行するという。なんという楽しみだろうか!
https://www.kokusho.co.jp/special/2021/08/post-17.html
※追記
amazonのブックレビューでサイモンさんが書いている。
巻末の『新しい宇宙創造説』はぜひともじっくり読んでみてください。
哲学者アヘロプーロスの書いた『新しい宇宙創造説』を元に、
物理学者テスタ教授が発表した新しい宇宙論とは、ビックバン宇宙論を
否定し、自然現象や物理法則は全て《宇宙創造ゲーム》の結果である、
とする革命的なものです。その上でなぜ宇宙は膨張しているのか、なぜ
時間は逆行できないのか、宇宙の沈黙の謎、つまりなぜ知的生命から
のコンタクトがないのか、なぜエントロピーは増大するのか、なぜ光速
を超える移動できないのか等の問題に鮮やかに解答を出しています。
数式を一切用いず平易な言葉で書かれていますが、内容は科学的な
学説に匹敵するものではないでしょうか。