井の頭線のどこかの駅だったか、大きなルミネのポスターが貼られていた。
生まれた感情の数だけ、女は表情が生まれる。
このモデルの眉がかもめ眉なのだ。(かもめ眉については2日前に書いた中田いくみの『かもめのことはよく知らない』の紹介を見てほしい。「眉間がつながって、かもめが羽ばたいているように見える眉毛のこと」とある。メキシコの画家フリーダ・カーロの眉にもよく似ている。もしかしたら、この眉が今年の流行なのだろうか? それとも単にフリーダ・カーロに擬しているだけなのであろうか。(この「擬して」は「似せて」くらいの意味で使っているのだが、吉本隆明の著書『擬制の終焉』がカッコよかったので真似している。むかし友人の部屋にあって気になっていたが、まだ読んでない)。
フリーダ・カーロはなぜあんな眉をしていたのだろう。当時あれがカッコよかったのだろうか。あるいはインディオのアイデンティティを眉で主張していたのだろうか。
そういえば昔付き合った彼女の眉の生え方の形と陰毛の形態が相似形だったのが面白かった。急にそんなことを思い出してしまったが、このことに普遍性はあるのだろうか。つまり誰でもそうなのだろうか。