中条省平『フランス映画史の誘惑』を読む

 中条省平『フランス映画史の誘惑』(集英社新書)を読む。とても良い本。フランス映画史なんて何冊も書かれていたような気がしていた。序章を読むとそうではないことが分かった。

……わたしの知るかぎり、『フランス映画史』と銘うった書物は、これまで3冊ありました。最初のものは、飯島正著『フランス映画史』(改稿版、1956年、白水社)です。これは、ひとりの著者が書いたフランス映画通史としては日本で唯一のすぐれたものですが、まだフランス映画の現物をそう簡単には見られない時代に書かれたため、文献だけに頼った記述が多いこと、また、飯島氏自身も認めているとおり、「途中から次第に[映画通史というより]作家論になってしまったこと」、そしてなによりも、刊行からすでに50年ほどもたっているため、フランス映画の歴史の最初の半分しかあつかっていません。
 その後も田山力哉編著『フランス映画史』(1974年、芳賀書店)と、『世界の映像作家29 フランス映画史』(1975年、キネマ旬報社)が出版されましたが、前者は写真集に短い解説をつけたもので、1930年代のトーキー映画以降しか取りあげていませんし、後者は一応フランス映画の全史を解説した便利な本ですが、複数の著者による異なった種類の文章や資料をひとつにまとめたものです。そのうえ、これらの本にしても刊行から30年近い年月が経過し、現在は絶版の状態です。

 私も山田宏一の映画に関する本は何冊か読んだが、それらはみなフランスのヌーヴェル・ヴァーグを扱ったものだった。それで本書を期待して読んだが、期待以上の出来映えだった。
 新書という小さな本なのに、実にていねいにフランス映画の歴史と各時代の特徴が分析されている。本書を読んで初めてフランス映画の誕生と展開、発展を具体的に知ることができた。どんな映画監督が重要なのかも、それぞれの時代で画期となる作品のことも。
 ルイス・ブニュエルがダリと組んで取ったシュールレアリスムの映画『アンダルシアの犬』(1929年)の若い女の眼球を切り開くシーンは、特撮なんかではなく、本物の牝の子牛の目の回りの毛を脱毛し、そこにメーキャップを施して本当に剃刀で切開したのだという!
 印象派の画家ルノワールの息子ジャン・ルノワールについて、世界最大級の映画作家だったと無条件に称賛する。その『ゲームの規則』(1939年)が経歴の頂点とのこと。見るたびに印象ががらりと変わってしまう。フランソワ・トリュフォーはこの映画を毎年何回か見直すと書いているし、クロード・シャブロルは通算77回見たと語ったという。
 ロベール・ブレッソンも高く評価される。遺作の『ラルジャン』(1983年)は1980年代の世界の映画で最高傑作の1本といえる、と。そしてヌーヴェル・ヴァーグについては、「映画の革命」と題して全体の20%ほどを費やして語っている。クロード・シャブロルトリュフォージャン=リュック・ゴダールエリック・ロメールアラン・レネなど。『シェルブールの雨傘』を撮ったジャック・ドゥミも彼らの仲間だなんて知らなかった。
 1980年代以降の作家で『レオン』のリュック・ベッソンが挙げられている。ぽつんぽつんと見ていた映画監督たちが、さながらジグソーパズルが完成するように、フランス映画史の中に嵌め込まれていく。
 本書は初版が2003年に刊行されている。もう13年も前になる。今度は新書という形ではなく、この3倍くらいの分量で単行本にまとめてくれないだろうか。写真もたくさん使って。


フランス映画史の誘惑 (集英社新書)

フランス映画史の誘惑 (集英社新書)