ストライプハウスギャラリーで大坪美穂展「海界」-不在の場から-を見る

 東京六本木のストライプハウスギャラリーで大坪美穂展「海界」-不在の場から-が開かれている(3月30日まで)。大坪は1968年に武蔵野美術大学油絵科を卒業している。今まで銀座のシロタ画廊やギャルリ・プスなど各地で個展を開いていて、韓国やインドのグループ展にも参加している(私は初めて見たが)。


 3つの会場で展示が行われている。まず最初の空間に置かれたたくさんの古着が目に入った。古着は焦茶色に染められ、椅子に座っているように設置されている。すぐにアンゼルム・キーファーを連想した。そしてパウル・ツェランも。作品タイトルが「黒いミルク」という。やはりツェランだった。アウシュビッツ等のナチの犠牲者をうたったツェランの詩「詩のフーガ」だ。その冒頭の9行(飯吉光夫訳)

夜明けの黒いミルクぼくらはそれを晩にのむ
ぼくらはそれを昼にのむ朝にのむぼくらはそれを夜にのむ
ぼくらはのむそしてのむ
ぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまくない
ひとりの男が家にすむその男は蛇どもとたわむれるその男は書く
その男は書く暗くなるとドイツにあててきみの金色の髪マルガレーテ
かれはそう書くそして家のまえに出るすると星がきらめいているかれは口笛を吹き犬どもをよびよせる
かれは口笛を吹きユダヤ人たちをそとへよびだす地面に墓をほらせる
かれはぼくらに命じる奏でろさあダンスの曲だ

 難解な詩だが、相原勝はその近著『ツェランの詩を読みほどく』(みすず書房)で、この「黒いミルク」について、焼却された死体が空にのぼり、その黒い灰が四六時中、「ぼくら」の飲むミルクの中に降りそそぐということであろうと言っている。
 キーファーは作品の中に繰り返しツェランの詩を引用している。大坪の表現にキーファーとの近似を感じるが、それが模倣や追随ではなく、大坪独自の表現になっている。
 先日ドイツ文化センターで行われた山本和弘との対談で、ドイツ文学者の関口裕昭がツェランとキーファーについて6〜7月頃みすず書房から著書を出版すると言っていた。題名は未定とのことだったが楽しみだ。
 次の部屋ではこよりを模した白い長い紐が縦横に張り巡らされていた。犠牲者達の「絆」を表しているのだろうか。

 地下にはやはり焦茶色に染められたボール状の布の塊がいくつも転がされていた。ひと目見て端的に東日本大震災の犠牲者ではないかと思った。亡くなった多くの犠牲者がここに鎮魂されているかのようだ。
 とても良い個展で深く印象に残った。
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大坪美穂展「海界」-不在の場から-
2015年3月10日(火)〜3月30日(月)
11:00〜18:30(15日のみ休廊)
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ストライプハウスギャラリー
東京都六本木5-10-33-3
電話03-3405-8108
http://striped-house.com/


ツェランの詩を読みほどく

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