静岡市井川地区の雑穀畑、満州帰りの農民

 静岡市から北へ井川線という鉄道にそって30kmほど山道を登ると井川湖というダム湖に着く。この辺りは標高700m近い井川という地名の集落だ。われわれはここにアザミウマの採集に来た。アザミウマはアザミウマ目(総翅目)の微細昆虫、体長1mmほどしかない。静岡市の予備校に勤める生物の工藤巌先生がこのアザミウマの分類の第一人者で、その先生のフィールドがこの井川地区なのだ。この先生がどんなにすごいかというと、1mmほどしかないアザミウマを肉眼で同定してしまうのだ。これはクロゲハナアザミウマのオスです、これはヒラズハナアザミウマのメスです。アザミウマの専門家は日本でも数人しかいない。
 井川地区で驚いたことがある。雑穀の宝庫なのだ。シコクビエ、ヒエ、モロコシ、アワなどが栽培されている。これらを私は日本で初めて見た。それまで見ていなくても何とか分かったのは中尾佐助「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)を読んでいたからだ。以前インドに出張したとき、シコクビエとヒエを見ていた。インドのシコクビエは油料作物と一列ずつ交互に植えられていた。それがここでも同じにシコクビエは作物名は忘れたが油料作物と交互に植えられていたのだ。
 これらの雑穀をどうするのか農家のおじさんに聞いたら民宿で出す料理に使うのだという。どんな料理なのか食べてみたかった。
 子どもの頃、近所の畑の一角に不思議な作物を作っている農家があった。そこの畑以外見たことがない。後日知ったのだがそれはコーリャンだった。コーリャンがモロコシなのだ。その農家のおじさんは満州の開拓農民だったと聞いた。満州コーリャンの料理を憶えたのだろう。人付き合いの悪い人であまり近所との交流がなかった。