クチナシのアザミウマ




 クチナシの白い花が満開で官能的な匂いが漂っている。そのクチナシの花に息を吹きかけると、花の芯から黒っぽい小さな虫がわらわらと這い出してくる。炭酸ガスに反応しているのだろうけれど、まさか口臭に反応しているんじゃないかとちょっとだけ傷ついたりもする。この小さな虫はアザミウマ、別名スリップスという微小な昆虫だ。アザミウマ目に分類されている。総状の翅をしているので総翅目ともいう。
 昆虫学者の工藤巌さんはこのアザミウマの分類の専門家だ。アザミウマには多くの種があるが、小さいこともあり種の見分けが難しい。昆虫学者でも普通は実体顕微鏡を使うか、プレパラート標本にして顕微鏡を使って検索表を見ながら同定を行う。検索表とは、
 1. 触角は3環節;円錐形刺毛は短大で、先端は鋭く尖る………○○ムシ
 ―.触角は6または7環節;円錐形刺毛は細長く、先端はさまざま……2
 2. 円錐形刺毛は先端鈍頭;云々(以下略)
というようになっている。
 さて、工藤さんはこのアザミウマを肉眼で同定してしまう。これはクロゲハナアザミウマの雌です。チャノキイロアザミウマの雄です。その後念のためにルーペを覗いて、間違いありませんと。どうして分かるんですか? 色と形と動きですとの答え。そのような同定は邪道ではないかと思っていた。ちゃんと検索表を使って同定するのが正しい方法だと。
 後日アブラムシの分類の専門家宮崎昌久さんが雑誌に書いていたのを読んだ。人は犬と猫を一目で見分けるのに、それを(種として定義して)記載することは大変なのです。
 工藤さんの同定は邪道ではなかった。慣れれば一目で分かるのだ。それを慣れない人に伝えるのが大変なのだ。
 写真のクチナシのアザミウマは多犯性のヒラズハナアザミウマではないだろうか。昔、『農作物のアザミウマ』という本を作るために各地でアザミウマを採集して撮影していたとき、松本市で採集したアザミウマについて、これは日本では初めての記録ですと工藤さんが指摘した種がいた。まあ、分布することは予想していたけどと淡々と言われて拍子抜けしたのだった。(ちょっとだけ高揚したのに)。