『食の戦争』を読んで

 鈴木宣弘『食の戦争』(文春新書)を読む。副題が「米国の罠に落ちる日本」というもの。カバーの袖の惹句から。

いま、世界で「食の戦争」が進行している−−。遺伝子組換え作物が在来作物を駆逐し、ごく少数の企業が種子の命運を一手に握る。金の論理で「食」をコントロールするアメリカの狡猾な戦略を前に、無策の日本はどうすべきか。危機の本質と処方箋を考える。

 毎日新聞松原隆一郎による本書のすぐれた書評が載っていた(2013年10月8日)。

……著者は農水省で国際交渉にかかわった体験をもとに自由化にさらされる我が国の貿易政策を現場から分析、牛成長ホルモンや遺伝子組換え(GM)技術の危険性も訴えてきた。この分野の第一人者として、本書はその最新報告書である。
 主張は明確だ。TPPは「外交交渉」という紳士的な語感から連想される生ぬるいものではなく、ズバリ「食をめぐる戦争」で、「今だけ、金だけ、自分だけ」の利益を追求する米国の巨大企業が認可官庁や研究機関も動員し、経済学の初歩の論理を悪用して、日本の食を価格競争に巻き込むものだ。そう警鐘を鳴らしている。
 「初歩の論理」とは、こんなことだ。農業保護のせいで貿易交渉では製造業が譲歩を強いられ、農家じたいも弱体化し・高齢化している。農業保護は百害あって一利なく、規制を緩和し貿易を自由化すれば競争力がつくし、消費者もより安い商品を選択できる。貿易量が増えれば農産物の価格が安定、危機にも備えられる。「食の安全」も各国で基準を決める自由が保障されるはずだ……。
 本書の読みどころは、具体的なデータを紹介しつつ以上の論理を突き崩し、交渉の狙いを痛快なまでに暴く点にある。その一。日本の農業は(「聖域」とされる米・乳製品など1割の品目を除き)厳しい競争にさらされており、世界の方が過保護である。日本の平均関税率の11.7%は大半の国より低く、農業生産額に占める政府予算にしても、日本の3割弱に対しフランス4割強、米国約6割。多くは政府から農家への直接支払いである。(後略)

 ここまで書評のほぼ4割だが、この後も説得力のある紹介が続いている。
 TPPについて本書では、アメリカの大企業が無法ルール地帯を世界に広げることで儲けようと考えたと書く。

 ノーベル経済学賞スティグリッツ教授の言葉を借りれば、TPPとは人口の1%ながらアメリカの富の40%を握る多国籍的な巨大企業中心の、「1%の1%による1%のための」協定であり、大多数を不幸にするものだ。
 たとえ99%の人々が損失を被っても、「1%」の人々の富の増加によって総計としての富が増加すれば効率的だという、乱暴な論理である。

 TPPを日本に認めさせようとしているのは、アメリカの巨大企業であって、アメリカ国民ではない。遺伝子組換え作物に関しては、TPPで日本での表示義務を許さない方針を進めているが、肝腎のアメリカでは「アメリカ人の主食である小麦はGM(遺伝子組換え)にしないという方針はかたくなに守ってきた。アメリカを含め、遺伝子組換えが小麦で認可された例は世界でまだない」という。
 眼から鱗が落ちる話が満載だ。TPPに関心のある人はもちろん、日本の政治家必読の書ではないか。

食の戦争 米国の罠に落ちる日本 (文春新書)

食の戦争 米国の罠に落ちる日本 (文春新書)