ギャラリイKの吉田理沙展「虚空を旋回する」が難しい

 東京京橋のギャラリイKで吉田理沙展「虚空を旋回する」が開かれている(12月24日まで)。吉田は1985年東京都生まれ、2012年多摩美術大学大学院美術研究科を修了した。2011年に銀座のギャラリー零∞(zero hachi)で初個展、2012年に京橋のギャラリイKで2回目の個展を開いている。「群馬青年ビエンナーレ2012」では奨励賞を受賞した。今年10月にはアキバタマビ21で彼女自身が企画したグループ展「そこまでは おぼえている」にも出品している。
 作家自身の方法論。

既存の物質や現象に手を加えることによってその存在感を変質させることを主な手法としている。
コンクリートを用いたインスタレーション、映像作品などを制作。

 今回は映像作品だ。床に置かれたスクリーンに天井のプロジェクターから不思議な映像が投影されている。直線で区切られた光の濃淡がゆっくり画面を動いている。具体的なものは一切撮られていない。白い帯のような線が動いているだけだ。こんな映像が15分のループで上映されている。
 ほかに壁際に何かが置かれている。聞けば数百枚の塩ビのシートだという。ロールで買った塩ビを30cm四方くらいに切り、表面の周辺を磨いて半透明に加工している。数十kgの重さがあるという。その物質感が、軽い映像と対比して興味深い。
 もう一方の壁面には卍型に並べられた小さな4つのモニターに白い線が果てしなく流れていく映像が映し出されている。流れる白い線のほかには何も写ってはいない。






 作家の提示しているテキストから、

場所は、場所とつながっている。
場所は、場所へと移動することができる。
場所は、地面を歩くように、上空を踏むことができる。
場所は、あらゆる物質が消失しても、虚空と呼ぶことができる。

 哲学的とも禅問答的ともいえる。とても難解だ。
 吉田は一義的に造形的な美を追究する作家ではない。また同時に作品に強いメッセージを託すことを主目的にもしていない。ある即物的なモノを呈示し、しかしそれを単なるモノとして投げ出すのではなく、そのモノに何か意味を持たせている。矛盾するような言い方だが、メッセージを発するような強い意味ではなく、だがそこには吉田の考えるある「意味」が懐胎されていると言おうか。そのことに疑いはない。だが、私にはそれを読み解くことができない。
 吉田の作品は多く見てきた。十分に深く考えられている作品ばかりだ。ケレン味もないし、もったいぶったところもない。とても興味深い作家なのだ。今回の難解な作品も、だから魅力的であることには変わりない。これからも楽しみに吉田の作品を見ていきたい。いつか理解できるときが来るかもしれない。
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吉田理沙展「虚空を旋回する」
2013年12月16日(月)−12月24日(火)
11:30−19:00(日曜休廊、土曜日と最終日は17:00まで)
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ギャラリイK
東京都中央区京橋3-9-7 京橋ポイントビル4階
電話03-3563-4578
http://homepage3.nifty.com/galleryk