アキバタマビ21の吉田理沙

 東京外神田の3331アーツ千代田のアキバタマビ21で、グループ展「そこまでは おぼえている」が開かれている(10月27日まで)。このスペースは多摩美術大学の学外展示スペースで、今回の企画では池田拓馬、濱田路子、吉田理沙の3人が発表している。
 彼らの中でも吉田理沙は銀座などの画廊で何度も見てきた。吉田は1985年東京都生まれ、2012年多摩美術大学大学院美術研究科を修了した。2011年に銀座のギャラリー零∞(zero hachi)で初個展、2012年に京橋のギャラリイKで2回目の個展を開いている。「群馬青年ビエンナーレ2012」で奨励賞を受賞した。
 吉田はいつもコンクリートブロックを使って、インスタレーションに近い展示を展開してきた。今回も不思議な立体を作っている。アキバタマビ21は2つの部屋を展示空間として使用している。吉田は2つの部屋に作品を設置している。



 一つは大きな作品がほとんど部屋一杯に設置された円形のもの。いつもの着色したコンクリートブロックの四角い小片を環状に並べている。その壁は3層に積み重ねられ、赤青黄の3色に染め分けられている。よく見ると3層の上段と中段は平らな小片が連続して円周を作っている。そして積み重ねられた上部の小片が、ところどころ落とされて円周の連続をわずかに断っている。その円弧の中は砂が一面に敷かれている。
 いままで吉田の作品を見てきて分かったことが一つある。吉田の目的は単なる造形的な美を追究することではないということだ。吉田は作品に意味を込めている。何を追求しているのか。
 この形は何かを思わせる。結界に似ているのだ。結界は聖域を守るために柵などで作られた領域であり、聖域そのものでもある。吉田の作品が結界なら、その中心の砂が敷かれている領域こそが聖域となる。聖域を占めるこの砂とは何か。もし「砂」が聖域なら、聖域は実は空虚だということか。あるいは、星の王子が言うように「大切なものは目に見えない」ということか。
 いや、吉田が作ったのは円弧をなすコンクリートブロックの列だ。結界の中ではなく、結界を構成する壁という物質だ。それはストーンサークルなのだろうか。やはり、そのような古代遺跡の再現なのだろうか。


 もう一つの部屋には、やはりコンクリートで作った四角な枠状のオブジェが壁面に沿って並べられている。これらも着色され、数えれば16個ある。四角な枠、つまり中央に大きな空洞を持っている。それが16個並んでいるというのは、16個に分断されているとも思える。空洞を抱えて分断されつつ連続しているこの作品は、何か構造の記憶みたいなものを現しているのだろうか。
 私は不思議な吉田の作品を前に、一人で考えすぎているのだろうか。むかし映画評論家の小川徹が得意とした、監督さえ考えていなかったところまで読み込む「深読み批評」をふと思い出した。
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ギャラリイKで吉田理沙展を見る(2012年9月12日)
ギャラリー零∞(zero hachi)の吉田理沙展「a little vanishment」を見て(2011年10月6日)
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「そこまでは おぼえている」
2013年9月21日(土)−10月27日(日)
12:00−19:00(金・土は20:00まで)火曜休み
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アキバタマビ21
東京都千代田区外神田6-11-14 3331アーツ千代田201・202
電話03-5812-4558
http://www.akibatamabi21.com
東京メトロ銀座線末広町駅4番出口より徒歩1分
東京メトロ千代田線湯島駅6番出口より徒歩3分
JR御徒町駅南口より徒歩7分
JR秋葉原駅電気街口より徒歩8分