池上彰/パトリック・ハーラン『世界を動かした名演説』を読む

 池上彰パトリック・ハーラン『世界を動かした名演説』(ちくま新書)を読む。池上彰パトリック・ハーラン(以下パックン)が対談で、名演説を紹介し、その名演説であるポイントを紹介する。特にパックンは英語原文のレトリックの面白さやリズムの良さ(韻文)を解説している。

 取り上げられている名演説は、チャーチル英首相、ゼレンスキー大統領、ケネディ大統領、レーガン大統領、ヴァイツゼッカー西独大統領、ネルーインド首相、鄧小平、昭和天皇安倍晋三首相、キング牧師マルコムXマンデラ南アフリカ大統領、マララ・ユウスフザイ、ジャシンダ・アーダーンニュージーランド首相、メルケルドイツ首相の15人。

 え、昭和天皇? 安倍晋三? リーダーたちの演説は優秀なスピーチライターが欠かせない。また、パックンはアメリカでは常識で日本人が知らない面白いエピソードを教えてくれる。

 チャーチルの第2次大戦時のこの演説は「現代史を動かした名演説の定番」。ウクライナのゼレンスキー大統領のアメリ連邦議会での演説では共和党の下院議員は213議席中出席したのはわずか86人。アメリカの下院議員は選挙区の有権者の数が(上院議員と比べて)少ないので、極端な人が多いとパックンが言う。

 ケネディ大統領にはアメリカ史上最高のスピーチライターの一人、テッド・ソレンソンがいた。パックン曰く「ケネディ大統領はビジョンはありますが、政治力は正直言ってあまりありません」。政治力なら後任のジョンソンの方がずっと強い。しかしケネディのビジョンを見せるという点では、ベルリンでの演説と就任演説、宇宙開発を邁進するアメリカを見事に示したライス大学での演説の3つがピカイチだという。

 レーガン大統領の政策では「レーガノミクス」が有名で、安倍晋三首相が「アベノミクス」と言い始めた。レーガノミクスは成功していない。それに関して池上が言う。「レーガノミクスというのは冷笑された言葉なんです。だから安倍晋三元首相が「アベノミクス」と言い始めたとき、あんなバカにされた言葉をもじるなんて、彼はレーガン歴史的評価を知らないのかと思った」。そのレーガンはユーモアセンスが抜群だった。

 ヴァイツゼッカーの西ドイツ連邦議会での演説は「史上最強の謝罪演説」と言われている。ナチスドイツがしたことに対して謝罪の意を公式に表明した。この演説は岩波ブックレットでも出版されている。

 昭和天皇終戦時の演説と安倍晋三首相のアメリ連邦議会での演説は世界を動かしていないので番外編として取り上げた。小泉純一郎首相は訪米の折り、ブッシュ・ジュニア大統領から連邦議会で演説するかテキサスの牧場に来てプレスリーを一緒に歌うか、そのどちらにするかと聞かれてエルヴィスを選んだ。安倍晋三首相のこの演説はスピーチライターが優れていたので「数々の演説テクニックを駆使した名スピーチだった」とパックンは評価する。

 マララの簡単な英語で優れた演説と比較して、トランプ大統領の英語は「小学校レベル」(池上)、「彼は背伸びして小学校レベル」(パックン)と厳しい。

 本書は名演説集と題しているが、各演説は多く要約でしかも活字がとても小さい。ただ英文が併記されているのもある。名演説集というより名演説集解説というのが正確な題名だろう。私は純粋に演説が並んでいると思ったのだったが、これで良かったとも思える。