金子兜太 編『現代の俳人101』を読む

 金子兜太 編『現代の俳人101』(新書館)を読む。2004年発行の本で、金子兜太が100人の俳人を選んでいる。それに自分を加えて101人というわけだ。「戦前を中心に活躍した俳人」、「戦後を中心に活躍した俳人」、「戦後派以降の俳人」となっていて、それぞれホトトギス系、雲母・石楠・馬酔木・天狼系、人間探求派系、新興俳句系、自由律系などに分かれている。若い俳人は、昭和38年生まれの中岡毅雄、昭和35年櫂未知子、昭和31年の小澤實、昭和30年の夏石番矢、昭和29年の長谷川櫂あたりになる。101人は多いが、金子兜太は「じっさいに選んでみて不十分だった。あと少くとも10人は加えたかった」と書いている。末尾に「現代俳人系図」が載っているが、ここには載っている矢島渚男も入っていない。

 しかし一体に多いというのが印象だった。選ばなくてもいい俳人が多いと思う。この101人は本当に選ばれた俳句のエリートということになるのだろうが、つまらない句ばかり書いている俳人が多いのだ。

 俳句は五七五という短詩型だから、十分言い得ないことが多いし、飛躍が大きい。隠喩や象徴も多い。読み解くのが難しかったり、逆に単純すぎてつまらなかったり、自己満足だったりもする。確かに優れた良い句は存在する。でもそれはほんの一部にしか過ぎない。

 本書がつまらなかったのは、形式の問題もある。金子が100人の俳人を選び、それぞれ3句を選んで、別の12人の俳人がその句を読み解いている。さらに代表句を15句と略歴を付している。読み解きの解説に出来不出来があり、あまり面白くはない。

 宗田安正の句「竹林を揚羽はこともなく抜ける」について水野眞由美は解説する。「竹は節からいくつもの茎が枝分かれし、その葉は細長く先が尖っている。また揚羽蝶は羽を広げれば十数センチの大きさになり、その動きは直線的ではない。竹林は決して飛びやすくはないからこそ、抜けるべき場所なのだ」と。

 水野の言うのは竹林ではなく竹藪ではないか。細い竹が密生しているのが竹藪で揚羽蝶など入り込めない。竹林は孟宗竹などが生えている場所で、筍を採るため普通手入れされていて広々としていて明るい。揚羽蝶はこともなく抜けていくだろう。

 私が辛口なのは矢島渚男『俳句の明日へII』(紅書房)と比べているからだ。ここには「現代俳句の群像」という章があり、35人の俳人が紹介されている。一人の俳人に3ページほどが充てられ、数句から10句ほどが選ばれて矢島による解釈が綴られている。何といっても矢島一人が書いているので大胆な断定もいとわない。矢島が師事した石田波郷について、「明治以後の俳人の中で波郷だけが元禄の芭蕉に迫り得る資質を備えていた俳人であったように思われる」と。

 『現代の俳人101』の中で印象に残った句、25歳で結婚し2年後に夫と死別した桂信子の句。

 ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき

 窓の雪女体にて湯をあふれしむ

 

 

 

現代の俳人101

現代の俳人101

  • 発売日: 2004/09/01
  • メディア: 単行本